快楽からの追放者
ただのみきや


溺れそうな空
まつわる光はまつ毛に重く
秋桜に迎えられ
坂の上まで送られて

いつも喪服を着た
踏む者もいない影が
ことばを忘れたものたちの
風とまぐわう声を聞く





のぞき見と告げ口の世界

紙ふうせんで遊ぶこどもは
うつろな両手に月をつかんだ
誰かがのぞいていた
誰かが告げ口した

紙ふうせんはその子のこころ
からっぽなほど舞いあがる
誰があんなに放ったか
ぺしゃんこにしたのは誰か





切手

枯葉色の装いで
その蝶はフロントガラスに降りて来た
しばし光と戯れて
風に抱かれて去って行った
季節にはられた切手のように





快楽

公園の横に車をつけて本を開く
枝葉の影がページの上で激しくゆれている
狂った踊り手たち
文字より惹かれてしまう
花びら全部むしりとって核心をのぞくより
かたちやかおりを楽しむほうがいい
目の前にあるそれと
自分の中のなにかが戯れ始める瞬間
ことばはてんで不調法だ





サワレヌカミニ

悲しみが焦げ付いて
穴の開いたカレンダーからこっちを見た
逃げ出したカメレオンが
空虚なカラクリを登ってゆく
傘が咲き乱れ
気配をつなぐ枯れた実を
彩らずに祈る
川向うの恋
霧に隠れた記号
魚をぬらす雨
後ろで結んだもうさわれない
あの髪の祟り





庭園

ちぐはぐでグラついたもの
すき間だらけを埋めようと右往左往
男は笑顔の真ん中で死んでいた
耳のない生きものが雨を聞くように
砂漠になるくらいことばでいっぱいになって
滝のような時間に打ちのめされて
笑顔の真中で死は熟成されていた
切り花の生々しさと
毎日見舞っていた病人が逝った時の
あの特有の清々しいほどの喪失に似て
風と光が憩っていた
口笛が吹けない子どものキスが
壁からコントラバスを剥ぎとったのか
なにひとつリセットされることのない
よく晴れた解剖図の中で





蛇おとこ蛇おんな

こころの鱗がはがれて落ちた
病んだ目の にごった白昼夢
山ひとつ隠せるほどの霧となる
ことばはもう糸屑でしかない
ちいさな一枚の鱗のほかに
二人に見つめる世界はない



                     (2022年9月18日)








自由詩 快楽からの追放者 Copyright ただのみきや 2022-09-19 12:17:22
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