リアリストアリスの天国の肖像 その断面から
ただのみきや

幸福感

空は絶望的に高く
駆けあがれる限界を超えて
戯れる黒い手紙たち
光は全てを晒し出すことで
わたしたちを盲信させる

記号あるいは仮面を外して
砂埃と化した男が
なおも幻影に留まろうとする
萌え出るもの 発語以前の
淡く風に滲ませながら

貞操帯の上から軍服を纏い
銃剣を担いで乙女たちが行く
丘の上にはオルゴール
扉の中には焼却炉
花は次々くべられる

耳には聞こえない音楽の
呪術的モーメント
パラパラ漫画で思想を学ぶ
泥の中で眠っている幼子の
臍から蔓草が伸びるのに任せて

洋酒マニアの男が倒れている
誰もいない自宅の中で
床と同じくらい冷たくなった
自分の肉体と抱き合っていた
カーテンで朝を拒みながら

なにも学ばなかった
人形の首には紅いタイ
画面に額を当てて時代の体温を見る
過去と未来が復讐者だった
空白しか訪ねて来ない椅子よ

瞳から溢れた景色を食んで
黒い虫が動き回る
なにも見えず ないも知らない
生まれた時から殺された兎
虚空に吊られた裸体

髪が抜けるように記憶が抜け落ちる
母のように その母のように
静かに摩耗してこぼす言葉もなく
内臓に刺青しながら生を磨り潰す
五月の華やぐ景色の羽衣

秘密がひとつ干されていた
白粉くさい袱紗に包まれて
微かに蠢く死者のたましい
噛んだら キュッと鳴って
深い悲しみの 開く幸福





袱紗

包む 大切なものを
たしかに大切と思えた何かを包んだのだ
だが袱紗の中には何もなかった
あったのは 大切と思う心だけ
 

ひとつの絵はひとつの箱
ひとつの箱は一枚の袱紗
一枚の袱紗は一編の詩
一編の詩はわたしの心
心は空白との境を失くしている





性癖

白いパウダー状の声で空気が歌っている
二羽の蝶を鈴のように振りながら
おしゃべりを禁じられた賭け金が
火の栞となって海のどこかで記憶を失くす
義足の犬が掘り返すのっぺりとした時間の裏
ホチキスを握った無数の手が作業に明け暮れる
イソギンチャクの林を黒い転寝が通過すると
涙腺の遺跡からは次々と慣用句がこぼれ落ちる
托卵をくり返す図鑑の魚はもはや乾物だ
水溶性の祈りの油膜から活火山でもある
一つの氷山が海を孕ませることもなく激しく勃起した
太陽を信奉するミミズたちの飢えた耳の集合体
ねばついた光に逆らってまばたきは加速する
一輪の蒲公英の茶話会から突き出した二本の足
まばたきと呼吸の度に崩れてゆく
肖像の魂を見つけられずに足の爪を噛む
子どもたちは雨の囁きにそそのかされて一段と肥えた
だが置き場のない一輪挿しを宙に回転させて
裸足で逃げ去るロジックに『快楽の園』が立ちはだかった
ドアのない男が呼び鈴を咀嚼してマスカット色をした
変拍子の呼吸を訪ねながら長いうなじを辿ってゆくと
冷たい唇の向こうに毛虫たちの学校があった
柔道部には生徒はいなく自称コーチばかりが十数人で
揚げ足取りの稽古をしていたが
合気道部では一人の少女が綾取りに夢中だった
落下したビンには未来が詰まっていたろうか
頭を割られて笑うような目が空へと落ちてゆく
後ろめたい桜に追われながら風は後退りして
ポケットを探る駆け引きに内臓は蒼い眠りに落ちた
開かない鋏のために丸められた時代には一匹の蠅
爆心地から遠く離れたところではシャンパンの一斉射撃
虚空が満たされることはなく地ではたわわな言葉たち
絞めつけたり 巻きついたり
魂のくびれを責め苛むひとつの性癖としての透明な鐘
両手を広げた少女が回転椅子に乗って坂を下ってゆく
景色の傷痕を捲って他者として歩き出した
手肢の生えた心臓がつい立ち寄った匂いの花束
さわられたい狂気の破片たち



                    《2022年5月8日》







自由詩 リアリストアリスの天国の肖像 その断面から Copyright ただのみきや 2022-05-08 15:11:17
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