平和主義者の丑の刻参り
ただのみきや

ヴィーナスの骨格標本

ぼんやりした横顔に秘密がひとつ擬態する

ぼくは夢に絡まったままコーヒー自殺を図った

飛行機に乗る人とよく目が合う朝

青く濁った空の吐瀉物からなにを紡ぎ出そう

君がパッと弾けた日ぼくは無骨な骨壺だ

無防備に透けた一日の厚みに耳を当てる





天気予報が外れた日

山々が消されてゆく
雨は泥土を流し切れず
涙は悲しみの上澄みに過ぎない
利き腕のない男
頬に燭台とその陰影を宿す

標本にされた占い師の臓器の中で
一羽の蝶が現を夢見ていた
神々の白くわだかまった思考の中で
その翅の青い錯乱を宿した視線だけが

抜け出せない残響が女たちの姿で
らせんの鍵盤を昇り降りしている
一つの石を枕に眠る男の夜空を穿つ
絶対零度 啓示の流星群
痴態の乱脈の半生を演じ切るための静脈注射

まばたきをしない落葉の大群に占拠されて
電波塔に残された投身者の透けた抜け殻を
指で弾く響きと天秤を分け合う
ひとつの水脈がいま羽毛のように燃えて

ガラス窓に張り付いた秘密の裸体は
なおも隠匿のための引き出しを少しだけ凹凸にし
無数のハンミョウが光線を混ぜ返す
音楽は仮面の通り魔

少女の髪飾りは地上に触れて馬になった
過去へと駆け出す二つの灯り
一匹の蛇が闇を捲り上げる
その残像には匂いがあった
秘密から剥離した薄いささやきを食べて
わたしたちの舌は青い





頬を焦らす火の時間

きみは言葉を食べたか
まさか剥かずに食べたのか

耳に纏わる
風の落とし子

ああ君の気持ちがせめて
コップ一杯の冷たい水に変わればよかったのに





ウグイスはうたう

人はみな自由
自分の奴隷になるか
自分の主人になるか
違いはそれだけ

空気が動くと風
風が止まると空気
根本同じでもどちらを読むか
人は随分違って見える





光をください

光を下さい
さあわたしの太陽になって
たいした事ではありません
一瞥だけ それで充分
あなたの強い眼差しで

ほら わたしの影
のっぺらぼうの恋人
暗号じゃないので解けません
それは歌です
景色と響き溶け合って

夢と現の二重写し
あなたとわたしの意図のもつれに
ひらめく蝶が休みます
月のように星のように
見つめる間時は止まっています





わたしの詩は一人遊び

わたしは見ることで所有し
思考により堪能する
外壁は衰えたあばら屋だが
内壁は絶えず刷新されている
価値観と審美眼に即した
絵や骨董が飾られている
いつまでも整理のつかない
ガラクタが床や壁を這い回る

音楽は水だ
天から注ぎ地から湧き
ある時は激しくある時は悠々と
流れて 流れて
生命の潮騒に消されてゆく
何度も 何度でも

言葉は飽きることのない玩具
わたしのレゴ
ひとり黙々と作る楽しみを
寂しいなどとは思わない
この「独りきり」を奪われたくない

人の心は否応なく海綿状で
耳目から吸収して影響される
気付けばCMソングを口ずさんでいたり
ニュースでみな似かよった恐れや怒りに囚われる
同じ巣の蜂の群れのように
一つながりの情報による連動体
社会的であればあるほど
寂しければ寂しいほど
無意識に孤立しないように
集団の中の立ち位置を気にして
是とされる方を選びがちになる

プロの作詞家ではないのだから
大衆の心の的を射ることに
わたしの詩はほとんど興味を示さない
生の残余がどれだけにしろ
詩作は孤独でいいと思っている
好きなものを書くために
自分の好きを知るために
深海魚を水面まで引き上げれば
それは奇妙な比喩へと姿を変える


聖書の一行一句を神の言葉と信じている
プロテスタントのクリスチャンだが
わたしは「信じている」と言う
自分自身を全く信じていない
時にアニミズム
アルカイックな人々のように
万物を擬人化し
季節を女神と呼ぶ
樹木や花々を恋人のように
月や星や風を友達ように

突き詰めると詩作はわたしにとって
自己の快楽のために他ならない
詩の中で己を見失い
主義も主張もでたらめになる
性別や性嗜好も容易く踏み越える
主体であり客体であり
俯瞰であり近視眼である
現実は粗材でしかなくすべては虚構
イメージと音の響きにそそのかされた連続体であり
その嘘の中に真実が勝手に侵入して来る

読むことはジグソーパズル
誰かの言葉の絵に
手元に集めたピースを嵌めてゆく
言葉の字面の意味と
言葉を脱がせた裸の気持ち
汎用的手法と直観的認識
そうして埋まったピースもせいぜい半分
あとは想像と思い込み
そう勝手に楽しむこと
一人遊びができないのは不幸なことだ

百人に一人くらい
気に入ってくれても構わないが
それを知らなくてもいい
そのほうが自分の嗜好を具現化しやすかろう
記号遊びをまだやめたくない



                      《2022年4月10日》









自由詩 平和主義者の丑の刻参り Copyright ただのみきや 2022-04-10 15:06:28
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