博士の結論
道草次郎

博士は一つの結論に達した。
過去に行くのはどうやら原理的に不可能らしい。なぜなら、「行く」ところは常に未来にしか「ない」からだ。

例えば古代の地球、三畳紀あたりでもいい。そこへ「行く」ということは、それがどれ程の過去であったとしても、「行く」のだから未来なのだ。だから未来にしか「行くことができない」のだ。どうもこれは覆せない真理らしい。

ならばと博士は思った。ではとびきり壮大な建設力を駆使して古代の地球をすっかり再現し、そこへ「行けば」いいのではないか。それはタイムトラベルとは言えないが、タイムトラベルと全く同一の体験が可能なはずだ。

博士はすぐさま事業に取り掛かった。とてつもなく大きなクレーンやブルドーザー、超高性能超優秀なロボットたちを集結させ、いそいそともう一つの古代版地球を作り上げた。場所が無かったので、地球と火星のちょうど中間地点に作った。気候の具合は適当に雲の厚さを調整して、古代の地球と完全に同一のものにした。

博士の思惑は当たり、擬似タイムトラベル観光は大成功した。各地質年代に基づき組まれた豪華観光プランがしのぎを削った。特に人気だったは大破局(カタストロフィ)前夜だ。通のあいだでは魚の初上陸が評判だった。だが、ここまで来ても博士の欲望はまだ収まらなかった。

次に博士は四十六億年前の太陽系とそっくりの、もう一つの太陽系を作ることにした。恐竜絶滅などの呼び物は初めの頃こそ人気を集めたが、近頃はどうも下火になってきていたのだ。ならば今度はもっとスケールを大きくしてみよう、地球誕生の瞬間などは客寄せに持って来いだとそう考えたのだ。

博士の目論見は見事ヒットした。いささか狭いながらも、アルファケンタウリと太陽系のあいだの差し渡し四光年の空隙に、もう一つの擬似太陽系をこしらえたのだ。荒れ狂う原始星や雨あられと降りそそぐ隕石群、そういったものが珍し物好きな人々を興奮させた。これは大変な評判となり博士は大金持ちになった。

だが、それでも博士の欲望は尽きる事が無かった。博士は、勿論、もう一つの銀河系も作った。それも大当たりした。さらにはもう一つの銀河団も作った。これも大ヒット。そして…否、それにもかかわらず博士の欲望は満たされる事が無かったのである。

博士は思った。
さて、いつの間にやらこんなところまで来てしまった。うん、宇宙をもう一度最初から作り直してみよう。それぐらいしかもうやることは無いのだから。これは今までに無い大事業になるが、その分、見返りは大きいはずなのだ。

博士は、しかし、ここで一つの問題にぶち当たった。今度ばかりはスペースが無いのだ。非常に高度な計算の結果、宇宙の外には何物も存在しえないことが分かっていた。けれど、博士は何事も諦めることがきらいな人間である。

博士は一つの結論に達した。
どうやら宇宙は一つしか存在しえないらしい。

博士はそよ風の心地よい丘に立ち、若草の匂いを鼻から目いっぱい吸いこんだ。

博士はすべきことをしたのだ。

光あれ。すると光があった。
しかしながら、博士の姿はもうそこにはなかったのである。


散文(批評随筆小説等) 博士の結論 Copyright 道草次郎 2021-04-16 14:23:34
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