黒猫と少年(8)
嘉野千尋

 
  *黒猫と少年


  黒猫のいなくなった部屋で、少年は揺り椅子に腰かけてぼんやりしていた。
  がたん、と二番目の窓が音を立てて、
  黒猫が顔を出した。
 「どこに行っていたの」
  身を起して尋ねた少年には答えず、
  黒猫は優雅な身のこなしでするりと部屋に入ってきた。
 「・・・だって、一人は寂しい」
  黒猫は右手に視線を落としたまま、悲しげな声で言った。
  少年が黒猫の視線を辿ると、
  そこにはシルクハットをかぶった人形らしきものがある。
 「・・・そうだね、一人は寂しい」
  少年は頷きながら、左手をひらりとさせた。
  黒猫の右手から掻き消えた人形は、
  オルゴールの上に移っていた。
  シルクハットにステッキを持ったタキシード姿の人形が、
  バレリーナの手を取っている。
  そのちぐはぐな様子に、黒猫は一瞬考え込むような顔をしたが、
  すぐに少年を見て小さく笑った。
 「これでいい」
  少年は得意げな様子で、片眉を上げて見せた。
  それからまた、当然三日月の晩も訪れたのだけれど、
  少年は窓から時々夜空を眺めるだけになった。
  そのかたわらでは、黒猫がホットミルクを飲んでいる。
  もちろん、花柄のブランケットにくるまりながら。 




散文(批評随筆小説等) 黒猫と少年(8) Copyright 嘉野千尋 2005-04-21 22:05:46
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