Xと書かれたジャムの小瓶
ただのみきや

胡桃の肉体が仄めかす
暗闇の膨らみの
血の残響に誘われて
月を覆うほどの錯視の群れが
歌う子宮を追い求め
少女の髪に咲くような
まろぶ光におぼれ死ぬ


裂かれた翼の間の道を
神の余韻が過ぎて行く
醸造されても蒸留されることのない
祈りに擬態した蛹から
滴る子供の姿態は
枕木を数えて脛を折り
埠頭の果てで行き場を失くす


重なり合う時の花びら
色を奪って夜へと消えた
白い帆船のような女の後姿
沈黙の深さを測ろうと身を投げた
男は透明度に復讐される
貝の中には初めからイミテーション
言葉には浮力があり過ぎた


目盛りを満たした後の
閉じた世界が破水する
掌の中で老いる顔
音楽が煙っていた
月は魚より冷たく
記憶は異物となって喉を塞いだ
コップ一杯の水から永遠が押し寄せる


涙腺の向こうの氷河で
小さな燠火が鳴った
水鳥が霧に燃えた朝
回帰するかのように抉る羽ばたきがあった
純粋であって自然ではない
裏漉うらごしされた魂は
自らを自在に形成する


言葉の中から匂い立つ
ひとつの 煙の姿態
開け放たれた窓ではなく
隠匿された傷の吐息
木の芽の尖りに火照る
蛹のような指の疼き――ああ全て
謂れを失くした幽霊 水面に踊るもの



                  《2021年2月20日》










自由詩 Xと書かれたジャムの小瓶 Copyright ただのみきや 2021-02-20 16:43:36
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