料理で俳句③おでん
SDGs

本日のお品書き~おでん~


 まっすぐに串逆立てて関東煮

昭和三十年代に地方の子どもだった男子(とくに大阪から西)が、放課後に直行するのは春夏であれば駄菓子屋。五円のみかん水というガジェット飲料で喉をうるおした。秋冬であればお好み焼き屋。鰹節(魚粉?)だけが入ったお好み焼きが五円。もやしが入ったのが十円だった。これで空いた小腹をしばらく騙した。

春先ともなると、お好み焼きは食い飽き、お好み焼きの鉄板のそばで湯気をたてている大鍋のおでんに食指が伸びる。具を刺した串が「ほれ、つまめよ」といわんばかりに林立している。だし汁は真っ黒。練炭の熱で長時間煮られた具はどれもくたびれ果てたような姿をしている。斜めに二等分して串に刺された赤い蒲鉾は、これはもう名状しがたい色になっており、味もまた粗悪なゴムを噛むよう。おでんは晩春まで煮られつづける。その間、店の女主人は一度も味見することはないだろう。おでんは料理ではなく、十円握ってくる子どもたちの駄菓子なのだから。

いい思い出のないおでんだが、京都で学生時代を送ることで、おでんを見直すことになる。先斗町の「山とみ」、北白川の「ん」。ダシが利いている。薄口しょうゆが、素材の色をそのままに、味をしっかり引き出している。ここではおでんはたしかに料理だった。

そんなある日テレビを見ていたら、小田実と開高健がおでんを食いながら、銀色のコップで盛んに日本酒を飲んでいる。ふたりともよくしゃべる、よく食う、よく飲む。日本酒、あんなにぐいぐい呑めるもんかねえ…。感心するだけかと思っていたら、その頃すでに酒豪の片鱗を見せ始めていた私は、「じゃ俺もやってみよう」ということにした。店の名は大阪日本橋「たこ梅」。急げ。

私はあっけにとられた。これならぐいぐいいけるよなあ。差し出された銀色の錫製の酒のコップは180ccくらい入る姿だが、見れば中が円錐になっている。目をつむって実際に入る量を暗算してみた。…ええっと…円錐の体積の式は底面積×高さ×1/3…だったけ…違う?…ま、いいや。しかもかなり上げ底だから…俺の計算がたしかなら50ccも入ってないぞ!酒は錫製の一升瓶からその都度注がれ、その都度お代は嵩んでいく。目をつむって懐を計算する。…さっき食った「さえずり(クジラの舌)」あれいくらだろ?…帰りの阪急+地下鉄代=五百円はとって置かなくちゃな…。じゃそろそろ。「お客さん、うちの名物たこは食べないの?」。いやもう、ちょっと酔ったみたいだから。

東京で就職してから、一度だけ銀座の京風おでんの店に入った。竹と障子のインテリア。鍋を見れば、だし汁の色は京都のそれよりもさらに薄く、なんだか頼りない。ダイコンを食べてもダシの味がしない。コンニャクはコンニャクの味だった。それっきり行かない。店の名も忘れた。


俳句 料理で俳句③おでん Copyright SDGs 2021-02-11 10:15:20
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