喜多川歌麿 肉筆画 「女達磨図」
TAT

さて前回予告したとおり「俺、モザイクキラーを手に入れるの巻」である。あれは二十三の頃だ。しがない日払いの派遣バイトで食いつなぎながらプアーな一人暮らしをエンジョイしていたロスジェネ丸出しの俺はある日、ヤフオクで衝撃的なお値打ち品を発見した。モザイクキラー18000円。18000円!18000円だと?週刊少年雑誌の怪しげな通販広告のページにいつも神々しく君臨していたあの夢の商品が。である。通常は四万や五万で取引される品の筈だ。考えてみてほしい。この機械はビデオ作品のモザイクを編集・除去する事が出来る機械なんでやんすよと言われて「ちょっとその話、詳しく聞かせてくれないか」と言わない漢がこの宇宙に存在するだろうか。否。否なのである。で、まあ買った。買うよね。確かオークションの終了時刻は午前二時ぐらいのド深夜だった。俺はその時をギリギリまで待ち、ラスト数分でカッ!と目を見開き、ゲームセンター嵐ばりの炎の指で落札ボタンをクリックした。本当の漢は無闇に入札を重ねたりはしないものだから。そうしてモザイクキラーは、俺んちに、来た。俺は秒で梱包を解き、機械を設置した。俺の鼻息は蒸気機関車のように、或いは水木しげるのマンガのキャラクターのように、雄々しく噴出していたと思う。だが。だがである。結果を先に言うと、その商品は、悪魔の如き欠陥品だったのだ。モザイクの編集・除去は確かに可能だった。だが、ビデオ作品の【オリジナル画像の蘇生・復元】までは、担保されていなかったのだ、、。指定したモザイクの範囲をボヤけさせ、それによって均一で機械的なモザイクのドットの輪郭を曖昧にする。それは確かに出来る。だが、それ以上の物ではなかったのである、、、。例えば青い水彩絵具で四角を大量に描いてみてほしい。次にその四角が乾く前に水の筆でそれらをブラッシングしてみてほしい。四角四面な輪郭はぼやけ、画用紙の上には曖昧模糊としたブルーがのっぺりと広がるだけである。そういうことだ。長細いコントローラーを手に持ち、左手の十字ボタンで編集範囲を指定して、右手の明度、濃度、白黒反転等の各種ボタンを駆使してモザイク部分を編集加工改竄する。それは出来る。だがモザイクが丸っと消えて無修正カリビアンドットコムでげすよオヤビン!イッヒッヒ!とはならなかったのである。俺が想像していたようにモザイクがパキッとクリアーに全部消えて「ヤァ々、これでわすつかり丸見へでわないか!けしからん!吾が輩の大筒(おほづつ)は暴発(ばうはつ)しさうだ!」「軍曹殿(ぐんさうどの)!わたくしのピストル小銃も暴発しさうであります!」「待て待て!のらくろ六等兵!ティシューを用意(やうい)するまで待たぬか貴様!」とはならなかつたのであゐ。絶望した。ほとんど発狂しかけた。18000円返せと叫びたくなった。俺の18000円が。俺の二日分の日当が。薔薇色の夢は儚く消えた、、。そして数日の間、俺はZombieのように死んだ目で暮らした。だが。だが絶望の後に俺は考えた。確かに映像はクリアーに丸見えではない。だがしかし。角々した無機質なモザイクの全く無い、のっぺりとしたアダルトビデオ。それはそれで、いいんじゃあないのか?ありかもしれんぜ?鮮明に見えてはいなくても、画面上にモザイクの無いアダルトビデオ。ある意味それは無修正に近いのではないか?当時のアダルトビデオのモザイクは今のようにデジ消しだのギリモザだのという高レベルな物でなく、いかにも無機質で武骨な四角形の羅列だった。それが消えると言うのである。中身は見えないが、ぼやけさせることで真実ぽくは見える。気もする。眉間にシワを寄せ、薄目のにらみ目になって、大いに譲歩して超好意的にジャッジすれば、それはもう無修正ビデオだ。自分で自分の脳を騙すのだ。そうだそうだ。俺は阿呆ではない。これは結果的には賢い買い物だったのかもしらん。いちまんはっせんえんをドブに捨てたとは絶対に認めないぞ俺は。今思い返すとまぁそんなものは只の詭弁でしかないが当時の俺は自己を肯定するのに死に物狂いであった。果たして俺は再び立ち上がり、そして道は険しかった。アダルトビデオの中のモザイク部分は決して一ヶ所に同じ大きさで固定されていたりはしない。当たり前の話だ。それらはまるで生き物のように様々な動きをする。画面上を縦横無尽に大きさを変えながら動いてゆくモザイクに、編集箇所指定のカーソルを合わせ続けてゆく、、。それはまるで高難度のシューティングゲームのようなものだ。おもいっきり難しいゼビウスを想像してみてほしい。(この令和の時代にゼビウスとか言い出して読む人が付いてきてくれる自信は全く無いが、、、)はっきり言って、今日はじめて借りてきた初見のエロビデオのモザイクをちょっと編集してやろうとかは根本的に無理なのである。今さっき買ってきたゼビウスを初回で最終面までクリアーできる奴がいるだろうか。今さっき買ってきたツインビーを初回で最終面までクリアーできる奴がいるだろうか。今さっき買ってきたダライアスを初回で最終面までクリアーできる奴がいるだろうか。否。否である。まずは編集したい作品のモザイクの動きを整理して大学ノート或いはキャンパスノートに書き出す。あとは練習あるのみだ。フェラシーンであろうがセックスシーンであろうが邪念を捨て、ひたすらにカーソルを合わせて範囲を指定し続ける、、。フィールドもサイズも常に変わってゆく、。俺は画面上を跳梁跋扈するモザイクという敵と戦い続けた。俺が選んだ戦いの舞台は「放課後泥棒」。当時の俺のオキニ中のオキニ。北原梨奈のコスプレ作品である。ガコッ!と音を立ててビデオデッキにVHSテープを挿入する。冒頭のインタビューシーンなぞは犬にくれてやれ。制服を脱いでからがスタートだ。まずはフェラシーン。モザイク右上、左中央。中央真下。からの右ななめ上。サイズは8から入って、4、5、3、6、、。明度は基本は3で。ただし男優の黒い肌は5。保健室の濃度は4からの3。血走った目でノートに書き連ねた攻略ルートを精確になぞりつつ、縦横無尽に画面上を動き続けるモザイクの動きにカーソルを合わせてゆく。一面は教室。続いて体育倉庫。最終面は保健室だ。俺は邪念を振り払い、ひたすらにモザイクと戦い続けた。そうして一週間の特訓の果てに、ついに俺はファミコンロッキーの如き神の領域に到達した。そのようにしてついに完成した、、。俺の、俺だけの、ノーモザイク放課後泥棒リマスター版が。そこには頭から終わりまで、モザイクの無い、丸見えではないが、ほどほどにリアルな、レンタルビデオ以上、無修正作品未満の、まあまあエロいかもしれないナイスなビデオ作品が、完成していた。感無量。さてさて。では気分を落ち着けて、まずはティシューの準備だ。そしていよいよお待ちかね。俺の速射砲のトリガーに手を掛けようとした正にその時である、、。左手の十字ボタンで編集範囲を指定して右手の各種ボタンを駆使してモザイクを編集する。左手の十字ボタンで編集範囲を指定して、右手の各種ボタンを駆使して、モザイクを編集する、、、、、。その時、はじめて俺ははたと気付いた。、、、、、、、、。俺の速射砲は一体、どの手で持つんだ?俺の速射砲を持つ手が、、、、、、、、無い。「あっ!!そらそうか!!!」と、俺は魂の奥の奥の奥からシャウトした。そうか。人間の手は二本だ。あ、あほか。あほか俺は、、。俺はこの一週間、一体なにを練習していたんだ、、。当然、2000年代初頭のモザイクキラーに、録画機能なんてものが付いている筈もない。つかそもそも、モザイク処理してる間は作業に夢中で、速射砲が勃つ余地なども、無いのであった、、。あれ?このオナニーは俺が二人いないと成立しない事ないですか?俺は危うく過呼吸に陥りそうになった。自分のアホさ加減を自分で受け止めきれずにパニック障害を起こしそうになったそして。そして。そして数日の間、俺はVampireのように死んだ目で暮らした。あぁ無情。やけになり280円の牛丼を三つ一気に食ったり氷結をコンビニの店内で呷ったり初見のピンサロにフリーで飛び込んで千代の富士に激似の嬢に手で抜かれてボラれたりした。だが数日後。絶望の淵に落とされた俺は、最後の最後、再び不死鳥のように蘇った。ちゃうがな。売ったらええんちゃう?売ったらええやんけ。右から左に。ヤフオクに戻したったらナンボか返ってくるんちゃう?はよ気付け。アホか俺は。俺は速攻で綺麗に封を戻して、ヤフオクにデヤッ!と出品した。コピペにコピペを重ねた出品画像と説明文で。18000円の強気設定で。だが、世の中、そんなに上手く行くだろうか、、、。中古の更に中古の品である、、。これは厳しい戦いになるかもしれない、。とか思ってたら秒で売れた。めちゃんこ感謝されて迅速な対応ありがとうございます!!とかビックリマーク二個付きのお礼メールが三日も待たずに俺のもとに届いた。世の中、バカばっかりだ。エロいバカばっかりだ。エロくて考えの浅いバカばっかりだ。この話の教訓はこうだ。「人間には手は二本しかない」ご清聴ありがとうございました。


散文(批評随筆小説等) 喜多川歌麿 肉筆画 「女達磨図」 Copyright TAT 2021-02-05 18:56:20
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