黒猫と少年(3)
嘉野千尋
*三日月
三日月の晩に、少年がふっと部屋から出て行くことを黒猫は知っている。
塔の螺旋階段に響く足音が、とん、とん、とん、と続いて、
てっぺんの窓を開ける音が聞こえてきた。
がちゃり。
「またあの子に会いに行ったのね」
黒猫は耳を澄ませて、横になった。
三日月は、かつて少年がただ一人恋した少女の横顔。
少年は塔のてっぺんの窓から抜け出しては、三日月の元へと歩いていく。
「馬鹿みたい。馬鹿みたいだわ。でも、これが馬鹿みたいなことだって知っているのかしら」
黒猫は「馬鹿みたい」と何度か繰り返して、ゆっくりと起き上がった。
天井の明り取りから差し込む月光で、籠の中の星の子は輝いて見える。
「きっと知らないの。誰もが気付かないのだわ」
黒猫の目が、細められる。
籠の中で光る星の子は、それがどんなに悲しい目か知っていたし、
黒猫がそれを知らないことも知っていた。
塔の上からは、少年の声がずっと響いていた。