詩と音楽と酒
ただのみきや

無邪気な錯覚

窓硝子の向こう木は踊る
風は見えない聞こえない
部屋に流れる音楽に
時折シンクロしたかのよう

時折シンクロしたかのよう
異なる声に欹てて
異なる何かに身を委ね
言葉を隔てたわたしたち





指輪

掌から漏れて
前後に揺れる香り
遺失物は女の姿をして仄暗く
雨の素振り
   ブルーノートに解けて





枯葉

美しく劣化する
夏に蓄えた陽光を
放射冷却が解き放つ
役割を終えて
一挙に燃焼し
秘めた鮮烈が明かされる
風の手を取り
軽やかに死に欹てて
譜面から舞い降りた
旋律は空
色づいた言の葉の
たましいは何処へ





酔奏楽あるいは水葬楽

木影から木影
影の鳥は睫毛のよう
 ――――胡桃
カスタネットは笑う
女の指にくすぐられた記憶

透過する黄道
薬指に止まった蝶
扇子のアンドロメダ
黒鍵に躓いた
飲んだくれのコサックダンス

傷口から傷口へ
溶けないカプセル剤
 ――――胡桃?
猫の頭骨は笑う
女の嘘にくすぐられた記憶

溺れる手首
水底へ続く螺旋の鍵盤
木洩れ日のさざめき
フルート 掴み損ねて
耳孔に沈む小さなナイフ





ライオン

ベランダからメスライオンが眺めている
目も耳も鼻も半開き 風上に思いを馳せ
たぶん地球を何周もしながら
羚羊や縞馬の味を反芻しているのだろう
フランス料理 アラブ料理 四川料理
金色の産毛を風の愛撫に任せながら
スパークリングワインをラッパ飲みしている
ベランダから眺めているメスライオンは
人間のちょっといい女に似ている





愛人

くすんだ夏色の服を着たまま
「秋の不在」と書かれた芝居の小屋へ
薄曇りの脳髄と霞の胸に取り込まれ
目覚めと夢の走馬燈
それでも未だ異物としての見世物小屋
くすんだ夏色の人魚となり
ワンピースの裾を靡かせている
矮人や蛇娘たちと一緒に
呼び込みの懐かしさに片頬を膨らませ
得難い哀切に一切を明け渡しながら
売上を盗って夜逃げした男は
パチンコ玉に打たれて倒木に戻り
在るはずもない目を開こうと
その節くれで虚空に触れた
豊満な虚空だった
そこはかとなく
罰するように慈しみ
訪れるように迎えてくれる
天秤にかけて値積もりし
どこかへ売り払う
くすんだ夏色の服を脱ごうとしない
異物の種子として
わたしは愛された
捉えどころのないものに飼われ
花嫁のように
裏切りながら妥協する





*今も昔と俺は言う

泣き腫らした心が胸からはみ出した
可愛げのない仏頂面の大人たちよ
迎合するな旧勢力として若者を攻撃せよ
   
*かまやつひろし「我が良き友よ」の歌詞の一節






黒の鎌鼬

タイトな黒のセーターとパンツ
黒い髪で車から降りて来て
緊張はないが隙もなく
しなやかだけれど靴音は尖り
素顔を見せるための微かな化粧
愛想や愛嬌とは真逆
切れ長一重のまるで無関心な一瞥で
どこをどう斬られたか
印象ばかり繰り返されて
挙句は言葉にしてしまう



                  《2020年10月3日》









自由詩 詩と音楽と酒 Copyright ただのみきや 2020-10-03 14:46:01
notebook Home 戻る