死と詩と虫と
ただのみきや

リバーシブル

雨のつまびらかな裸体と
言葉を相殺する口づけ
水没して往く振り子時計閉じ込められて
中心へ落下し続けるしかない時間
1095桁のパスワード
木通あけび色の死体
川を遡上する虚言の群れ
瞳の油膜
少女の二乗
ガスの炎
高架下に脱ぎ捨てられたウエディングドレス
瓦解する歴史
琥珀の中の女
繁華街を流離う月
盲目スカーフェイス
拾った亀を鞄に隠した男
リバーシブル
補完する人格としての






通り魔

つなぎトンボが水面を打つ
今日あって明日はもうない
アスファルトの水たまり
決して孵らぬ卵たち

荒地に芽吹く淡いもの
抜け落ちた鳥の羽根を運ぶ
一匹の蟻が風に誘われる

還らぬものを想い
ひとり胸に刺す千人針
骨を拾う記憶の灼熱
寝息のように甘いもの

秋を装う感傷は通り魔





姉弟

蟋蟀こおろぎが鳴く朝
死んだ姉の衣装ケースから風が髪を乱しながら
畳の縁を踏まないように 床の間の前で折れて
部屋を出ていった
庭の隅 こんもり繁ったあの紫蘇の辺り
太陽の下の蟋蟀は死者の囁き
風をまとって姉は吹き抜けた
わたしは術もなく
蛞蝓なめくじとその這ったぬめりに目を向けながら何も見ずに
得も言われぬ喪失の違和を日向に持て余し――
確かにあれは姉だった
いったい誰の姉だったのか





小箱

車の中で聴く雨音
ざわめきの覆うしじま
寄木細工の小箱の中
綿に包んだ臍の緒と乳歯

そっと訪ねた指先に
微かに響いて来るもの
開いてみれば
蠢き埋め尽くすマイマイカブリ

ああ雨に濡れた墓石
大気に溶けだす柳の緑
体も壊すほど
悲哀を愛している





まじない

そっとハンカチに包んで
死んだ揚羽蝶を持ち帰ります
メルヘンでも感傷でもありません
これは一種の呪術
過去が呪う未来のため
未来が誘う過去のため
零の幽霊が施す刺青の旗です





しじみ汁

味噌汁の中でしじみが溺れている
まじめにしみじみ考えてみる
身近な惨めさが地味に浸みて来る
見ないように意地を張る寂しさの
染みは憶えられず意味のかなめを
しじまへ還す見もせず知りもせず
そしりの中で焦らされる だが今
見よ知れ詩人が自費で溺れている





週に一度

朝日を友達みたいに部屋に入れてしまう
薄緑の安物カーテンに 
大きすぎるトンボの影が揺れている

時間そのものが窒息気味で
光を捕まえては燃える柴のよう
静かで心地よい錯乱だった

モンシロチョウが群れ飛ぶ畑
杖を突いた女が角を曲って見えなくなる
いつもの小学生の姉弟がスケボーをくねらせる

わたしは風を手繰り寄せる
意味のない木蔭と交差しながら
取りとめもなく規則性の捏造を模索して





衝動

夢が外へ開いて花は笑う
夢が何か花は憶えていない
理由を求める暇などなく
花は散ってしまう
言葉であらわせるものを
わたしは信じない
定義はひとつのマーカーに過ぎない
無数の印象の扉をくぐり抜ける
衝動だけが
生と死の間の薄闇まで続いている
わたしは安ウイスキーの小瓶に刺した
羊歯しだの葉の緑を信じる
信じるという言葉を信じないまま
それ自体の美を追求した虚言を
自己愛の睦言を



                  《2020年9月19日》











自由詩 死と詩と虫と Copyright ただのみきや 2020-09-19 20:49:02
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