延長戦
ただのみきや

熟れた太陽

暑い日だった
「スキンヘッドの大工さんの日焼けした後頭部に
もう一つ顔を描いて冷たい水を注ぎたい 」

マスクをした金魚がエアコンの波に裳裾ひらひら
上気したザリガニはハサミをこまねいている
脱皮できないまま夏が気化しそう





アラクネ

夕暮れ
ラジオからマッコイ・タイナー
踊っている
宙に浮かんだ黒いシルエット
巧みに織り上げる罠
食卓はベッド
腰でスウィング
搦めとる脚は指より多い





雑草的

雑草という曖昧な括りがある
人に直接的な利益を与えない上
畑や花壇に干渉して人の営みの邪魔をする
切っても抜いても毎年勝手に生えて来る
全く有難みのない草花の総称だ

雑草にも各々名前がある
雑草の名前を一つ憶えると
見かける度にその名を反芻し
葉の形 立姿 花の色
種子は穂か 綿毛か トゲトゲか
硬い一本調子な奴か
しなやかなタイプか等々
自然と記憶は重ねられて往く

ことさら主張しないが
充分に個性はある
生存競争という言葉はあるが
自分の生を全うすることに全力だから
競争しているつもりはないのだろう
枯草色になって死んだはずなのに
雪に埋もれながら立ち続けていたりする

たとえば詩が
詩人にとって丹精込めて造った薔薇あるいは
感性と技法の粋を極めた活花だったとしても
詩人自体は雑草ではなかろうか
興味のない者には一括り
腹の足しにも成らず金儲けにも成らず
有難がられることもないけれど
いつまでも居なくはならない
時代が変わっても次々勝手に生えてくる

わたしは雑草でいい
できることなら何処かから飛んで来た朝顔が絡んだ薊
人には嫌われるけど蜜を吸う虫たちには愛される
鮮やかな花冠がすっかり白髪になっても
いまだ夏の空気を突き刺して立ちっぱなしの薊がいい

雑草を人は創らなかった
もしも形だけでも人がデザインしたのなら
なんと前衛的か





行きずり

政党名を記した旗が靡く
どんなに風が吹いたって
支柱はコンクリートの台に嵌っている訳で
凧のように高くは飛ばないし
帆のように何処へも運んではくれない
ただヒラヒラ踊るだけ

手稲区の政党支部だけに
一階に貸店舗が入った古い住宅のよう
一階の右半分に入っていた喫茶店「トムキャット」
数十年続いたその店が去年閉店した
ママは癌で死に
後を継いだ常連もまた癌で死んだ
引き継ぐ前から解かっていたことだが

一度も入ったことはなかったが
閉店の一年くらい前にその常連と知り合って
月に一度のその店のライブに加わった
常連のオリジナル曲の弾き語りに合わせ
ベースを弾いたり
一人でベースの弾き語りもやっていた
客は五十を超えたわたしより一回りも上の人ばかり
男も女も音楽など聴いているのかいないのか
酒を飲んで大声で話していた
わたしもまた毎回帰り道で倒れるくらい飲んで
趣味の合わない音楽でも嬉々として踊っていた

店は閉店したがまだ佇まいだけは残っている
常連は死んだが自主製作のCDは残っている
政党の旗は相変わらず踊っている
わたしに担ぐ旗はない
わたしの風は酒と音楽だ
政治の風じゃあ踊れやしない
なにも残さず死ぬ
おそらくそんな人間だ
誰にとっても行きずりの





消しゴム

ふと消しゴムを想う
――書かれたものを消すことで自分もまた消えて往く

生きることが命の摩耗と同義なら
何等かの存在意義を付与しなければならない

誰かの何かの痕跡を消し続けること 
だが何も消さずに無闇に己を消費することだって

自殺は出来なくても無益な生は可能という訳か――
消しゴムについて考えていた



                      《2020年8月29日》










自由詩 延長戦 Copyright ただのみきや 2020-08-29 21:27:38
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