静かに乱れる呼吸
ただのみきや

マスクを外す
雨上がり 草木の匂い
白蝶の群れる木




風船

パンパンに膨らんで気づく
出口のない恋はつらいもの
でも破裂はしない
いつのまにか萎んでる

こころは破れて傷だらけ
でもまた勝手に膨らんでくる
破れるこころ 膨らむところ
どうやら別ものらしい




日常美術館

横断歩道の白い梯子から
落下して 羽毛を散らす鳩
大気のガラス板
飛び去ることを許さない
見慣れたものの見慣れない姿
写実的だからこそ ふと迷う
強い日差しと陰影の回廊




菖蒲

狭い畑から道端へ
雨を含んで倒れ伏す
まだ褪せない菖蒲の色香
知ってか知らぬか小雀が
ついばみ舌を潤して
雲の重さをいぶかしむ
昨日も明日もないものに
きょうの風はあたらしく
その匂いはなつかしい
うすむらさきの花房の
濡れてしぼんだその様は
還すにはまだ惜しまれる
やがて傍らに立つ
懐かしい六月の陽射し
恋しい光に送られて
土に還るか人手にかかるか
蠢く微小なものたちは
ふつふつと ふつふつと
ものごとのしがらみをほどきつつ
吐息を天へと押し上げた
学校帰りの子どもらの
運動靴がすぐ側を
掠めるように飛び跳ねて
固い歩道を打ち鳴らす
鈴や笛の声をさせ
幼い巫女の神遊び
枝から枝へ雀も歌えば
風もにわかに寄せて来て
呼び覚まされた午後の陽の
眼差しにも 伏したまま
菖蒲は燃える
しっとり 蒼く 淡く




          《2020年6月13日》








自由詩 静かに乱れる呼吸 Copyright ただのみきや 2020-06-13 13:36:12
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