六月酔歌
ただのみきや

昨日まで聞えなかった蝉が鳴き出した

 *
悪を行うつもりで行う悪はたかが知れている
だが善を行うつもりで行う悪に際限はない
それは敵対勢力と自己犠牲の陶酔感でより強固になる

そもそも正義とか平和とか愛とかは曖昧な概念で
一時それらしく見えても持続しないことが大半だ
同姓同名の別人を各々が追いかけているようなもの
正義の暴力 平和のための戦争 愛故の嫉妬や殺意
憧れは憧れのままが花
人が増えれば楽園にだって公害や犯罪は起こる

「人皆これ悪党」 そう思って暮らすことだ
正義に御執心な悪党
愛に飢えた悪党
平和を語るのが好きな悪党
政治に熱心な悪党
とにかく強いもの大きいものにアンチな悪党
でも捕まりたくはない悪党
そして嫌われたくもない悪党
もっと目立ちたい悪党
もう少し悪を控えたいと思っている悪党
他の悪党を悪党呼ばわりする悪党
ツイートの早い悪党
おしゃれにこだわる悪党
やたらとお節介な悪党
車が趣味の悪党
競馬狂いの悪党
甘いものが大好きな悪党
寝る時には下着をつけない悪党
ワリカンよりおごるのが好きな悪党
福祉事業に人生を捧げた悪党
詩を書く悪党

新聞やテレビやネットに犯人として名前が出るのが
立派な大悪党だとしたら
せいぜい憎んだり妬んだり悪口を言ったり
「本当はだめだけど今回ばかりはしょうがない 」
そんな言い訳しながら時々小さな違反を犯す程度
「自分は小悪党」 そう思うことをお勧めする
もともと悪党なわけだから
ちょっとくらい悪さをしても自分も他人も責めなくて良いし
小悪党だから大した悪さも出来やしない
大義の旗を振りかざすことで自分が大義になったつもりの
大バカ悪党にもならないで済むだろう
そしてなにより
たまたま出くわした誰かから零れる
あるいはまさか自分から零れるとは思わなかった
ほんの少しの優しさとか思いやりが
一服の清涼剤として心に染み渡り
「悪党ばかりの世の中もそう捨てたものじゃない 」
一周回ってそう思えるようになる
かもしれない



 *
神と聖書はわたしに真理と愛を教えてくれた
だがわたしはわたし自身から絶望を学んだ
いま母なる混沌はわたしに様々な美を指し示す
相殺する負を帯びた二重写しの実はくうを孕み
歌声と叫喚の双子は抱擁する互いを掻き消しながら
わたしは食べきれない食物を楽しむ者
なにひとつ食べられず満たされないまま



 *
梢でも庭先でも花々が咲き競う
艶やかな色彩とやわらかな造形の妙
その芳香に鳥や虫たちも酔いしれる

各国代表の美女たちがナンバーワンを競う
そんなコンテストを見たことがあるが
近所の庭先ですらそれに勝っている

衣装も化粧もBGMもいらない
太陽と風の演出で
美女たちは素顔のまま無言でお喋り

見つめて愛でて酔いしれるのに
チケットはいらない
六月は粋な興行主

享楽は哲学に勝り色香は博識を制する
肉体という感覚世界に暮らす限り
永続するものは消え去るものの魅力に敵わない



 *
理屈でたたみかけて
すぐにでも眠れるように
でもすっかり発散した後に
ロザリオみたいに爪繰らないで
わたしは聖母じゃないから

あなたの口からもれる
「不条理」という言葉の曖昧さ
ただ眺めて暮らしたい
美しいものには必ず
悲しさや空しさ
不幸や孤独
そうして死が伴っている

安心しておやすみなさい
堕落などしていない
ただ幼稚なだけのあなたの
じつのある生活
その実を舌の上で蕩かして
夜に包んで捨ててあげる
あとは眠るだけ
一年でも十年でも一生でも



 *
視力の衰えからか以前にまして
遥かな青葉の重なりに風の姿を見る
これは画家たちがその画布に
揺らめきのまま固着させようと
瞳を枯らして見つめたものか
それとも単なる錯視錯覚か
大気は澄んだ水のように流れ
もの皆粒子を帯びている
陽炎の仕業か
瞳の波紋か
記憶の糸を大きく撓めて
弦のように弾いて鳴らす
知られない己の仕業なのか
若いころに見た幻の
油絵の中で暮らす向日葵の少女や
麻の葉に座した女神が
すぐそこに再び訪れたかのよう
木々を摩って抱きしめる
風の姿態に目を奪われている



 *
ハリエンジュの蕾の白い房が
午後の日差しにまどろんでいる
風のゆりかごで
揺られるままに揺れ
夢見るままに笑み
白い蝶が戯れにのぞき込む
あの甘く溢れる香りの海は
まだ内側に閉ざされたまま
欄干から雀が見上げている
小さなあたまを思案気に傾けて
訪ねるべきか止すべきか
木洩れ日の誘う
あの針の廊下の奥の奥へ



                《2020年6月7日》










自由詩 六月酔歌 Copyright ただのみきや 2020-06-07 15:30:12
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