術もなく
ただのみきや

愛は真っすぐ丘を登って行った
蹄の跡を頂に置き去りにして
光は渦巻いている
春の風がむき出しの土をまさぐっている

あの日太陽を塗りつぶしたのは誰だったか
わたしの心臓を突き刺した指先で
盃からこぼれる神話を影に描いて見せたのは
あなたではなかったか
時間の轆轤ろくろでなめらかに仕上げられ
逆光をまとい振り返る
風で捲れるページのような

耳を澄ますと白い翼が片方だけ落ちていた
不法投棄が絶えない谷底で植物に覆われて
つながりを失くした欠片は一個の全体で
価値や意味の脱色された美しい無名となる
顧みられることのないものが見いだされる時
天秤に乗せられて物差しを当てられて
名付けられ 新たな死を獲得する

ダンスを習うように寄り添いながら
わたしのパーツはバラバラと抜け落ちてゆく
あの丘まで伴走できなかったのだ
魂の展開図は鳩たちの目に認められることはなく
拾って歩く自分はもう失っていた

ネジ山の合わないネジをギリギリ捻じ込まれ
わたしの空が壊れてゆく
穏やかに世界は流転する
虹色の夢を映した泡をひとつはじけさせて
巨大な紳士淑女たちが流す涙は火の粉となって
灰となって降り注ぎ餓えた耳目を塞いだ

二人は人のいない風景を愛していた
わたしが胸から取り出した亀を
あなたはウサギに変えてしまい
なよやかで臆病な耳をまさぐる行為に溺れていった
疑い深い陽炎となるために
散る花の声色を真似ながら
あなたの中に自らを映して身支度をした
古の書物に運命を見出した少年の無邪気さで

愛と名付けた殻を脱ぎ捨てて
どこかへ飛び去ったのか
光を透過させたり歪めたりして欺いて
美は識別するものをもてあそぶ
欠落して点と点を結ぶだけの今はただ
忘却を呼び覚ます不安な予感でありたい
帰らない部屋の枯れた花束
いわれなき幽霊の眼差し
青く塗った軽口を虚空に押し当てて



                  《2020年5月3日》









自由詩 術もなく Copyright ただのみきや 2020-05-03 14:00:18
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