周ちゃん語に耳を澄ます
服部 剛

僕の話の途中に
妻がスマホを手に取り
友達にメールを打ち始めたので
エラそうに腕を組み言ってみる
「人の話を聞くときはだな…」

すると
倍々返しの風圧で
怪獣と化した妻の口から
炎の言葉が放たれる
「あなただって〇〇△×〇〇×△××〇△
 〇〇△×〇〇×△じゃない××〇△〇〇
 △×〇〇×△××〇△〇〇△で、△×〇
 〇×△だから、×〇△〇〇△×〇〇×△
 ××〇△〇〇△なんでしょ!〇△×……」

やがて
虫ケラと化した僕は
ダウン症児の周ちゃんの
食事介助をつつましく始め
厨房に立つ妻の機嫌を伺いながら
穏やかな会話をこころみる

人間の会話を取り戻しほっ…と一息ついた頃
今度は周ちゃんが
「むううっ!」って体を反らして
駄々をこねるには理由わけがあり
<周ちゃん語>を翻訳すると
「パパちゃんと僕にかまって食べさせて!」
だそうである

妻と息子のはざまにはさまる日々は
さておき

――周ちゃん、君がママのお腹の中で
  丸くなっていた頃はね
  「耳」に似た姿でくるまって
  ママの安らかな鼓動を聴きながら
  小さな目蓋を閉じていたのだよ

と、八才でまだ話さない周ちゃんに
話したわけではないのだが

もし、人間が生まれる前の姿勢が
「耳」の形であったなら

途上の物書きでろくに稼がず
好きにやらせてもらっているゆえに
日頃頭の上がらない
妻の言い分や
<周ちゃん語>の訴えに
耳を傾けてみましょうか  






自由詩 周ちゃん語に耳を澄ます Copyright 服部 剛 2019-12-26 20:35:45
notebook Home 戻る  過去 未来