燃えさしの煙草と蝉の抜殻と
由木名緒美

手の平を透かして、皮膚の内側から太陽が射す
精霊が戯れる木陰にいて
同じ歌を幾度口ずさんでも
けっして消えることのない痕跡
その痣を口移しであなたの皮膚に刻んでは
剥がれ落ちようとする人間の像をどうにか保とうと試みるのです

蝉が鳴いている
覚醒の合図を大気に震わせて
夢から醒めるには長い長い時間が必要だと
空を仰ぐには契約の鎖に巻かれなければならないと
目醒めるごとに失われても哀しくはないでしょう
土中の記憶など手放してしまばいい
その音がしんと静まりかえる瞬間
きっと彼は思い出すのだ
暗闇の孤高な瞑想の答を永遠に失ってしまったことを

赤い炎が燃えさしに変わり
はらはらと足元に降り注ぐ
その灰をそっと彼の脱け殻に押し当ててみる
鼈甲色の表皮は骨を焼くよう厳かに空に溶けていった

君と私は似ているね
言葉の森で喚いているんだよ
消えない夢の摩擦ををめくって
命の鼓動を削っているんだ
あと僅かでもいい
この皮膚を剥がし飛び立つ梢があるのならば
きっと思い出せるだろう
この記憶が何であるのか
その温もりに触れる度に溢れ出る熱砂が
舞い上がる夏の終わりに焦がれている





自由詩 燃えさしの煙草と蝉の抜殻と Copyright 由木名緒美 2019-05-31 07:16:07
notebook Home 戻る