死ぬ感じ
ペペロ

そこまでは普通だ。学生服を着こんで朝食だ。目玉焼きにはケチャップだ。そして希望が薄くなっていく。
ここのホームは弧を描いている。だからちょいと顔を向けただけで、目が合ってしまった。車両ならふた車両ほどよこに、もうひとりオレみたいなのが立っている。
あいつも自殺する、すぐわかった。
オレは都内の私立中学に通う中学生だ。このまえ死んだ母のスマホを父に渡されて友人関係を調べるように言われた。それで母が不倫していたことを知った。オレは迷わずに父にバラした。
父は納骨をやめた。家にはまだ母の骨がある。母の両親も怒ってそれを引き取らなかった。
第一発見者はオレだった。帰宅すると母が死んでいた。持っていくのを忘れてしまった弁当がテーブルに開いていた。
父は母のふたりの愛人と会ったようだった。彼らの奥さんもそこに呼んだようだった。
母のともだちに電話でそんなことを言っていた。長電話だった。
骨ってやつはパワーがある。着物みたいなので覆われて箱に入っているだけなのに、なんか存在感がある。
攻撃的な存在感だ。すべてを爆破してしまうような、ある意味さわやかな、強烈にさわやかな焼け野はらがうちのなかに現れたようだった。

彼も自殺しようとしている。目があった。中学生だろう。色が白い。いかにもという感じだが、私もそうなのだろう。つまらない女に手をだしてしまった。相手が常軌を逸してしまって、きのう妻子に逃げるように伝えた。
いっしょに逃げようと誘われたのだけれど、オレは会社があるから妻の実家がある小田原には行かなかった。どの面さげていっしょに逃げる。
会社にはホテルから通った。
妻子はオレに寛容だった。いや、許してはいないけれど、じぶんたちを殺そうとすることに納得できないといった感じだろう。
おかしくなった女のことを警察には届けなかった。大事になれば会社にも知られてしまう。
あいつを愛人と呼ぶには違和感がある。ちょっとした出費は彼女がいつも出してくれていた。若くて顔もましだったが、なんでオレなんかにとは思わなかった。
女はオレのしょんべんを飲むくらい変なやつだったからだ。
女がおかしいことにはうすうす気づいていた。頭がおかしいから、五十過ぎのオレなのだ。オレはペットみたいだった。猫ではなく犬のほうだ。ペットのほんとうの飼い主を殺してしまおうという感じか。
オレが彼女のペットなら、飼い主からはなれてしまった犬なら、そんなこと考えてたら、泣けてきた。熱に浮かされてきた。高熱におそわれたとき、夢うつつのなかに現れる引き算や足し算にはまっていった。

あのおじさんは借金とかだろうか。理由があるっていいな。
オレがさきに飛び込もう。
あいつが飛び込んだらそこにオレは一緒になりたくない。
自殺の理由に、母のこととか父のこととかあまり関係がない。どうしようもなく嫌なことと言えば、父がつくってくれるかんたんな料理は整髪料の味がすることぐらいなものだ。
きのう見たドラマでソ連兵におかされそうになった日本人の女が青酸カリで自殺していた。
そのときオレはハッとして明日死のうと思ったのだ。
あいつがオレを見つめている。話しかけてきそうだ。うっとうしい。青酸カリで自殺した日本人女性もあのとき誰かに話しかけられたら死ななかった、死ねなかったかもしれない。
もうこんなことを思っている時点で話しかけられているようなもんだ。

あの子はいじめが理由だろうか。死のうと思うくらい辛いのだろう。
彼がオレより手前に移動した。タクシー待ちの人間がオレより手前で待っているような状況だ。
オレも移動しようか。大人げないか。
ここじゃあ死ねないか。少年の自殺を見届ける気にはなれない。
ホームから退散するか。きのうの昼からなにも食べていない。なにを食べたんだっけ。牛丼屋の定食に目玉焼きがあったのを思い出した。普通だな。まったく普通だ。普通すぎるな。
少年から死ぬ感じが失せていた。










自由詩 死ぬ感じ Copyright ペペロ 2018-04-01 21:07:45
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