謝肉祭
あおい満月

(見えないんだよ、見えないんだよ、)と
あなたは近く、遠くを手探りする。手から
こぼれおちた睡眠薬を探して。あなたの手
はどんどん薬から遠のいていく。まるで、
眠りに誘われてだんだんと意識が現実から
遠のいていくように。あなたの手は現を離
れて遥か彼方に続く白い階段を上っていく
。たまりかねて拾い上げて手渡すと、水を
一気に飲み干すように、あなたは薬を飲む
。そうしてあっという間に、私の知らない
世界へと誘われていく。そうして始まる。



壁に向かって、何かが打ちつけられている
。何かが激しい声を上げている。赤ん坊の
唸り声。赤ん坊は血だらけになりながら、
それでも必死に母親に手を伸ばしている。
母親は怒鳴りながら、なおも赤ん坊の頭を
壁に打ちつけ続ける。(あんたなんか生んだ
せいで私の目が潰れたんだ!私を返せ、返
せ、返せ!)赤い海の波が岩にぶつかる。
岩は砕けてまた一つ、新たに始まろうとし
ている赤ん坊の未来が潰れていく。赤ん坊
を壁に打ち付けていた母親はそれに飽きて
赤ん坊を放り投げて分厚い硝子のコップに
注いだ赤いワインを飲み干す。月は赤く朧

**

目を覚ました時、娘の世界は片方が黒く罅
割れていた。額には血が流れた痕があった
。娘は知る。母親が自分のことを殺したい
ほど愛しているのだと。母親は、娘だった


自由詩 謝肉祭 Copyright あおい満月 2017-11-25 22:28:01
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