紙飛行機を飛ばしたいね、できるだけ優しく
宮木理人

束ねられた数万本のなかから、何かの拍子に抜け落ちた一本の髪の毛は、しばらく空中をふわふわと漂ったあと、地面に着地して、そのまま眠るように日が暮れて、夜になると新宿の地下から出動する作業員たちが持つ掃除機のような専門のマシンに吸い取られる。黄色に塗装されたそのノズルの先端が、交差点でUターンをしたタクシーのライトに反射して一瞬キラリと光った。
 
 成熟しすぎた街は人々を統制するような迷路を張り巡らせ、誰とも心を交わさなくともそれとなく死なないで生きていける平和な残酷さと、それに対して次第に何も思わなくなる鈍感さを携えながら、そこで暮らすそれぞれの人間のどうしようもない感情を火薬と一緒に詰め込みながら、今年も自治体によって夏の花火大会が行われる。
誰も見えないところで拵えられた火薬の玉が、夜空に打ち上がり、大爆発する。

どかーん

浴衣姿のカップルや、ブルーシートの上でうちわをあおぐファミリーがそれを見ている。外国人観光客グループは「ビューティフォー…」と言ってiPhoneで写メを撮り、入院中の女の子も同じく窓ガラス越しに写メを撮り、それをツイッターに投稿する。
そこにいない人が、イイネをする。

繰り広げられる数々の花火をよそに、公園の砂場では砂いじりに興じる女が長い髪の毛を砂と同化させながら揺らし、風が吹いてまた一本抜け落ちて宙に舞う。当局はそれをすぐに観測し、最新のコンピュータで流れ行く経路の計算を始める。
故郷を離れて都会で暮らしはじめたその女は、普段の仕事中に見せる表情とはまるで別人のように、時おりこうして夜の公園を訪れては気がふれたかのようなあどけなさを垂れ流している。実際に何かの液体を垂れ流しているのか、そこら一帯はどこか湿っぽく、祈りに似た蒸気が空に舞い上がり、花火と重なり合う。
後ろのほうでは滑り台の上から不思議そうに女を見つめる子供がひとり、打ち上がる花火に色に顔の半分を染めながら固まっている。


自由詩 紙飛行機を飛ばしたいね、できるだけ優しく Copyright 宮木理人 2017-09-15 03:48:07
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