風の化石 1P/10P
翼がはえた猫

風の化石 そよ風は立ち消えて
烈風に吹かれる熱砂の蜃気楼
焼けた砂岩 流砂の耀

渇きの水
雨墜ちて 土中の蛇
あるいは龍の蠢き
行き行きて海

海の旅立ち



【風の化石】

風化して粉々

梳られた岸壁の漣

丘を駆け巡る疾風の影

ザザザ、ザザザ

大気の潮流を感じて

潜る世界

海底と陸の境目は消えて

いや、元々なくて

あるいは海の壁がそこにあるだけ

入ってはいけないよとお母さんが言う

ちゃぷちゃぷ、ちゃぷちゃぷ

壁を梳る疾風の剣

海は風化することなく

ただの空を写すだけ

ちゃぷちゃぷ、じゃぶじゃぶ、ぱちゃぱちゃ

あ、魚が跳ねた

いや、魚が産まれて死んだのだ

岸壁に帰る風

その痕跡

お帰りなさい



【そよ風は立ち消えて】


後に残った

落ちていくだけの枯れ葉

残留する黒々とした悲しみは

消えることもなく

ただいたずらに浪費されていく

トキの営み

幸せも、不幸も感じるものなら

怒りも、憎しみも感じるもので

どこから産まれて、死んでいくのか

喜びも悲しみも

産まれ、死んで、涙の遺体が風に吹かれて

胎盤と僕らを隔てている

柔らかな壁へと還っていく

其は立ち消えて

よ風、

なにを運んだ?



【烈風に吹かれる】


木々の叫びと加速する若い鳶

動かざる大物

躍動する小者

烈風に耐える者

烈風を従わせる者

吹け! 吹け!

凍え怯える樹上の烏

なき声は弾丸に掻き消され

全ての音は虚しい空に還っていく

吹け! 吹け!

鳶は更に加速する

未だ無限の大空に



【熱砂の蜃気楼】


昇華していく遠くの景色

全ては小さな原子の固まりで

空に立ち上ぼり消えていく

業火が焼き尽くすこの世界

罪は消えることなく生産され続け

砂は燃えて熱く

この白い砂はなんだったか

罪は摘まれて白い砂となり

熱砂となって街を昇華していく

燃える、燃える、罪が燃える

砂はますます白熱していく



【焼けた砂岩】


触れば熱を発し

儚く砕けいく

ポロポロとこぼれる砂粒は

潮辛くて、少し暖かい

激動を耐えた

今までありつづけた

業火に焼かれ、熱風に吹かれても尚も

焼けた砂岩

慈しみの掌で包めば

 ホ



 リ

と崩れいく

今、砂にいった

さよなら



【流砂の耀】


暗く、深く、冷たいところへと

還っていく

白い砂は渦を描き

深く、深く、潜り続けた

 サ
 ラ
 リ

燃え続けた白い砂は

薄れいく残り火で

軌跡を描き

流れていく

それはまるで

暗闇に浮かんで消えた

銀の渦巻き

暗く、冷たいところへと帰るのは

それが安らぎだと知っているから

深く、深く、潜り続ける

煌めきは涙のように

サハラに沈んだ



【渇きの水】


陽炎が大地の揮発を促している

熔けて、空へと旅たち

空中で再構成されて

空に浮かぶ大陸へとなる

流動する大地

個体でありながらも、液体なのだ

流れていく

雲も、大地も、空も、風も、川も

揺らめいて

まだ見ぬ明日へと手を伸ばす

緩急する時の流れ

機械の時計より不正確で

より正確な生体時計

悠久たる時の中を

流れいく大地は

いずれ海へと還る



【雨墜ちて】


にわかに湿りだす岩肌

毛繕いする猫

枯れゆく雑草は幽かに匂う

雲の片鱗を待ちわびて

重味を帯び始めた空気

循環する透明な壁

巡る、廻る、環る

やがて白の大陸の鱗は


 ら
  り

剥がれ

黒の大地へと降り立つ

雨、雨、雨





降り立つ

瑞の精霊達

産まれ、死に

黒の大地と融合していく

墜ちた、精霊

其の身を捧げて

大地に鎮魂と浄化をもたらしていく

待ちわびた雑草

生き延びる



【土中の蛇、あるいは龍の蠢き】


踊り疲れた精霊達は

そっと沈んで

静かに消えていく

そうして、精霊達の遺体は

地層に堆積して

土中の蛇へと変容する

積み重なって、ツミ重なって

ある日突然

刮目する



ザ、ザ、ザ、

ザザザ、ザザザ、

ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ

土を梳り、岩を梳り、洞穴に潜む

時はくる

じっと待つ

じーっと観る

仲間が来ることを知っているから

何年も、何年も、流れいく時の中で

待ち続けて、大きくなっていく蛇

其の繰り返しの果てに

罪が時の流れの先に消えたその時

ツツミは弾けて

躍動する龍

大地の内に響く咆哮

ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ



海に千年、山に千年

生きた蛇は

龍になり

旅立った



【行き行きて海】


龍は流れいく

大地の下、岩盤を貫いて

尚も梳りつつけるその身体は

白銀に磨かれて

妖しくも、美しく

そして儚い

道を間違え、人目に触れれば

たちまちのうちに

崩壊してしまうから

だから、龍は潜り続ける

大地の下を

人目に触れぬよう

旅をする

龍が海を目指すのは

重力に負けたからではなく

精霊達の幽かな

残留思念に突き動かされる

からだ

やがて、ち、から

吹き出して

ちから

海へと還る



【海の旅立ち】


金色に輝く船が浮かぶ

三日月の夜

最後の龍の帰還を待って

海は旅立つ

金色の船は光の路を夜空へと放ち

海を誘う

徐々に、徐々に約束された天海が近づいて

遠ざかる

一つ進めば、半歩下がり

二つ進めば、一歩下がる

少しづつ、少しづつ

波は揺れる

光の路も、揺れる

決まっていたこと

全てはこうなることを、知っていた

海はやがてたどり着く

空に浮かぶ黄金色の港

そして港も船も

未来の始まりの前に消えていく

残されたのは

凪いだ海




自由詩 風の化石 1P/10P Copyright 翼がはえた猫 2017-03-02 11:25:02
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