エンジンオイル
しずる

バイクのエンジンオイルを
そろそろ交換しようかと
久しぶりに別れた元夫から
連絡があったので
冬の晴れた日曜日に
前住んでた家の
近くの公園へと
バイクを走らせた

公園では野球少年たちが
練習に励んでいて
私は路石に腰かけて
彼が来るのを待っている
来る途中に買った
ホットコーヒーを飲みながら
キャッチボールしている
少年たちを眺めている

しばらくして彼が来て
やあ、と言って手を振った
そしてなにごともないように
バイクの下にレンチを入れ
エンジンオイルの交換を始めた
私はそれを眺めていて
前にオイル交換したのは
家の駐車場だったと思っていた

ビニール袋に入った
シュレッダーにかけた紙くずに
黒いオイルが吸い込まれていく
使い古しのこのオイルは
鈍く黒くドロリと光る
エンジンの鉄錆が混じる
ごく少量の廃棄物
ぽとりぽとりと落ちていく

古いオイルを出しきったら
エンジンが空っぽになった
潤滑油でよくすすいでから
新しいオイルを流し入れる
鉄でできた心臓に
新しい血液が送り込まれていく
トクトクとまっさらな
不純物のない命が送り込まれていく

琥珀色をうすめた
透明なエンジンオイルで
私の心臓は満たされていった
点火プラグに火がつけて
エンジンが産声をあげた
力強い鼓動とともに再生した私は
小気味良い音をたてながら
後輪をカラカラと回転させた

工具を片付けてから
じゃあねと彼が言った
またねと私は言った
そして彼は去っていった
私はバイクにまたがって
街へ走り出した
アクセルのスロットをあけて
駆動を確かめながら


自由詩 エンジンオイル Copyright しずる 2017-02-27 22:09:20
notebook Home 戻る  過去 未来