Miz 21
深水遊脚

「うーん、見立ては間違っていないし、たまに悪い癖がでたら今回みたいに痛い目に合わせるくらいで全然構わないと思うけどなあ。それにしても息の合ったオフェンスだったわね。私のリモート・アームロックと広夏さんのライトストリングで柏木くんを二重に拘束して、そこに平手打ちなんてヤワなものじゃなくて鳩尾へのパンチ。私たちもまだ戦士としていけるんじゃない?」

春江さんの話の後半を無視して、問い質した。あの戦闘のあと柏木くんについての春江さんの見立てが変わらないのは、普通に考えて納得できない。理由をとくと聞いてみたかった。

「あなたが柏木くんについて言っていた、自分の能力に少しも驕ることなく、という評価は明らかな間違いじゃなくて?」
「未知の能力に対して身構える心理というのは、そうしたものよ。不安なものは取るに足らないもののようにみて安心し、いまある自分の能力が優れていることを確信しようとする。幸政はそれを自惚れと評価したし、それはそれで一面を突いた的確な指摘だけれど、そんなに単純でもないのよ。」
「単純な自惚れと、その身構える心理と、何が違うというの?」
「欠点を克服することに彼はとても前向きよ。絶対に逃げない。単なる自惚れなら彼は保身に走るし鍛えることもやめてしまう。きめの細かい指導なんて出来ないでしょうね。そんな人はまず人望から失って行くの。でも今のところそんな気配は全然ない。彼の指導者としての人望なら、私に聞くよりも、彼に教わった人たちに聞くといいわ。」
「高宮くんや青山くんに?」

春江さんは目を細めて笑った。

「広夏さんのごく近くに2人もいるわね。柏木くんに丁寧な指導ができるというのは私だけの見立てではなく、定評よ。高宮くんは非戦闘員だけれど柏木くんの指導で一度は戦士になり、数々の勇敢な戦いをみせた。青山くんはここを去った片桐さんとともに柏木くんの指導を受けたけれど、二人は奇跡的な成長を遂げた訓練生として今も語り継がれている。自らの思想と相容れないという理由で片桐さんは去った。このことで柏木くんに女性嫌悪があるのかもしれないと私は見ている。それはともかく、柏木くんが自身を鍛えることに真剣であること、とくに基礎を重視していること、だからいい指導ができること。これらは間違いないことよ。何だかんだ言って、真水さんのことも侮ってはいない。侮っていたら真水さんの指導のためにいまから準備して、そのために政志と一戦交えようという発想は出てこない。」
「なるほどね。」

反論しにくい事柄を並べられて、うまいこと丸め込まれた気がしないでもない。でも話し合い(ディスカッション)とはそうしたものだ。柏木くんの資質についての好意的な評価は、どうやら揺るぎないもので、その根拠も誰もが認めざるを得ないものばかりなのだ。私が個人的に感じる不安や嫌悪感がそれに対抗できるはずもない。それでも春江さんに問い質さなければいけないことはまだあった。

「ところであなたはこうも言っていたわね。柏木くんはマミちゃんの根源的な怒りや恐怖を引き出すと。」
「その話、あなたに詳しく話したほうがいい?」

声が一段低くなった。こんなときの春江さんは大体、表立って口にできない良からぬことを考えているのだ。誰とも共有しない、個人的な倫理観でこの人は何度も暴走する。それにしては思慮が浅く一貫していないのだ。私は溜め息混じりに答えた。

「いいわ。大体想像がつく。柏木くんと政志くんの組み合わせを面白がったのと、同じ理屈でしょ。」

わかりきっているその内容と春江さんの語り口を、いまは聞きたくなかった。私の言葉で先回りした。

「確かに柏木くんの挑発のあと、政志くんの戦闘能力は限界まで引き出された。メタモルフォース77の力、そして日頃の訓練の成果もあってライトソードを使った攻撃は力強く、なおかつ正確だった。空蝉を使わなければ全部晴久に命中したはずだし、一回でも命中したらあの子が無事だったかわからない。でも暴走した能力がいくら強くても、コントロールできないなら全然意味がないの。あのとき政志くんは相手を晴久だと認知できなかった。そんな状態で力を使っては、意味がないばかりか、危険よ。それを予測したから幸政くんが中心となって懸命に防いだの。それがなかったら、あなたどうするつもりだったの?」

春江さんは言葉に詰まった様子だった。あまり反論の機会を与えずに続けた。

「無理に答えなくていいわ。考えていなかったのでしょう?それを考えて備えて、安全な模擬戦ばかりしていると、本当の強さは生まれない。そう思ったのでしょう。」
「確かにそうね。お互いに普通に一緒にされれば不愉快になる人間同士の緊張感を、戦闘訓練に利用しようとしたことはその通りだし、あとのことを考えていなかったのは認めるわ。いま真水さんは青山くんと橋本さんとの信頼関係のなかで順調に成長している。でも一通りの基本を身に付けたら、肉体的にも精神的にもきつい状況に、我が身を晒して行く必要はあるの。柏木くんのような指導も必要なのよ。」
「それは分かるわ。私も先日の模擬戦まではその考えだった。でも太刀による挑発で短刀を刺す機会を故意に見逃したこと、フィアブーストで完全に冷静さを失ったこと、冷静さを失った彼に性的興奮が観察されたことで私は不安になった。彼にマミちゃんの指導を任せてよいのか。もし彼の性的興奮が暴発したらマミちゃんに逃げ場はないわ。」
「戦闘監視システムのある私たちの結社での訓練はそもそも密室ではないし、私闘や一方的な暴行は内規で厳しく処罰されるし、法の裁きも免れない。あらゆるものは記録されているから逃げられないのよ。模擬戦も時々相手を変えて行っているから、変な指導が継続的に害をなすこともない。それらは指導者の人間としての資質に左右されないための工夫よ。」

春江さんの抗弁はしだいに頑なになってきているような気がした。私もそれにつられて、個人的な不安や嫌悪感を隠していなかった。だから次の春江さんの言葉はこたえた。

「この質問には答えなくていいけれど、あなたにはないの?そのまま解放したら誰かにとって深刻な侮蔑や暴力になり得るような不都合な感情や欲求は、全然ないの?」

痛いところを突かれた。

「恐怖が性的興奮のかたちで吹き出したところに、あなたは嫌悪感を抱いているのかもしれないけれど。あなたもまた柏木くんと関わって行くことになる。第3ステージ、ファイナルステージも真水さんの訓練の監督は続けるんでしょう。柏木くんを指導者として信頼できたほうが望ましい。それは分かってくれる?」
「私の嫌悪感の克服は私自身の問題。もちろん監督としての責任は果たすし、公的なレベルで信頼が揺らぐには至っていないわ。でも、そうね。これくらいは聞いてもいいかしら。マミちゃんの指導は本当にほかの人では無理なの?幸政くんは柏木くんと間城くんとで迷ったみたいだけれど、間城くんでは駄目なの?先日の模擬戦で一番強かったのは、ある意味では間城くんよ。」
「教わるほうが天才だったら間城くんの指導は合うのよ。でも真水さんはどちらかといえば不器用よ。志は高いけれどね。不器用な人は丁寧な指導でいつ何に取り組むべきかを理由とともに知って実践する必要があるの。その丁寧な指導をできるのは、柏木くんくらいよ。政志は女に厳しくできないのが致命的ね。幸政や晴久くんは指導者として問題ないけれど付きっきりというわけには行かないわ。この3人ともに真水さんの力を引き出せるかどうか疑問もある。柏木くんや間城くんより格下の戦士では、身の危険がある。そんなわけで、どうしても柏木くんに行き着くのよ。」

 なんだか私のほうが柏木くんを正当に評価していないような気分になってきた。春江さんと私は話をやめて、模擬戦のデータをまとめる作業に戻った。口数はぐっと少なくなった。重たい気分で、もう春江さんのほうに気が回らない。目の前の作業にずっと集中していたかった。


散文(批評随筆小説等) Miz 21 Copyright 深水遊脚 2016-07-30 22:04:51
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