魅力を伝える礼儀について
板谷みきょう

夜にギター片手に
ススキノの店で歌えるようになっても
唄だけでは食べて行けず
病院で働き続けていた

その年の秋に初めて
病院の慰安旅行に出席した

観光地を巡り
宿泊するホテルに到着
夜の宴会で宴は進んで行くが
飲めない下戸のボクにとっては
結構辛いものだった

カラオケなんてまだ無かったから
畳部屋の大広間では
各部署の余興があって
アルコールも大分進んでくうちに
社交ダンスに興じる者がちらほら

それに病院の職員というのは殆どが女性で
男性事務員はダンス相手に引っ張りだこ

特に三十代後半だった事務長は
殆どの女性職員とチークダンスを踊っていた

「良く続きますねぇ。
…でも、そんなに
魅力的じゃない看護婦さんにも
魅力的だと伝えるのは
大変じゃないですか?」

席に戻ってきた事務長に
そう言葉を掛けると
『板谷君が、何を言ってるのか判らない。
どういう意味?』
不思議そうな顔をして聞いてきた

ボクはススキノの
ホステスさんの居るキャバクラの話をしながら

今時
店に来てお酒は飲まないわ
チークも踊れないなんて
と学生バイトのホステスの
バンビちゃんが鼻で笑ったことと
いつも指名しているホステスさんが
教えてくれた話をした

ダンスステップなんか知らなくても大丈夫
チークダンスの時は
相手の女性がどれだけ魅力的かを伝える為に
前を大きく固くすることだけが大事なの
それは礼儀なのよ。

事務長は大笑いしながら
板谷君、それは間違ってるよ。
ボクは大きくなんかさせてないし
そんなことしてたら
身が持たないだけじゃなく
大問題になるじゃないの。
君の方が僕なんかよりずっと
社会の裏を知ってるじゃないの?

そう言うと事務長は
ビールで顔を真っ赤にしながら
再びチークダンスに誘われて
浴衣を、はだけながら踊りに行った


自由詩 魅力を伝える礼儀について Copyright 板谷みきょう 2016-06-06 22:47:25
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