雨がまといつく
ホロウ・シカエルボク





一日中降りつづく雨が
重い布のような空気となり
肌にまといつく夜中
車が通るたびに悲鳴を上げる水たまり
風が吹くたびに雨粒で鳴るガラス
シャワーを浴びたばかりの身体はすでに汗ばみはじめている


そんな時間のメールの着信音は微かに心を強張らせるのに
開いてみればどこかのショップの下らない販促メール
件名だけ読んでごみ箱におさらば
そして二度と思い出すこともない
これまでにいくつそんな
読むことのない手紙を受け取って来たのか
もしかしたらその中に読むべきものもあったのではないだろうか
だけど
読むべきものは運命のようにやって来る
バーゲンのお知らせみたいな調子ではない


雨がまといつく
ほんの少し時が動き
ほんの少し眠気がやって来る
でも眠ろうという気持ちにはさせてくれない
ついさっきコーヒーを飲んだせいかもしれない
もしかしたら眠る理由がないのかもしれない


この場所には
あとどれだけの雨が降り続くのか
夜行性の猫が騒いでいる
天気予報では
明日も降ると言っていたような気がする


主人公が雨の降る日に街の水没を願う漫画を読んだことがある
そんなことを突然思い出す、それがなんというタイトルで
誰が描いたのか、雑誌で読んだのか、昔持っていた単行本か
いつ頃読んだのか、小学生の頃か、もう少し大きくなってからか
そんなことはまるで思い出せない
ただそんな雨の場面があったこと、それだけを
写真がねじ込まれるように思い出す


人に言わせればこの俺は
不要な記憶をたくさん持って生きているらしい
覚えておくほどのことじゃないこと
思い出す意味もないようなことをどうして思い出すのかとよく聞かれる
だけどそんなことを言ってくる連中の思い出話といえばどこそこの女とどこそこの公園でやったとかそんな話ばかりで
もちろんそいつにとっちゃ意味のあることなのかもしれないけれど


窓に近い外壁のどこかで雨だれがなにかを叩いている
ここに住みはじめてしばらくのあいだ
その音の出どころを確かめようときょろきょろしたが
古い壁のどこにも雨を受けるような突起は見当たらなかった
壁は馬鹿みたいにまっすぐに立っていた
だから俺は探すのをやめた
それはきっと「どこか」という以上の定義を必要とはしていないのだ


近頃この界隈にゃ吹かしてる小僧が居るが
後出しじゃんけん以上の大胆な真似は出来ない
そんなやつはもう飽きるくらい見たな
臆病だけど我慢の利かない
ガキ大将の子分みたいなヤツさ


雨がまといつく
夜が深くなる
欠伸をしながら



次の本のベージでもめくるとするか




自由詩 雨がまといつく Copyright ホロウ・シカエルボク 2016-05-26 00:48:48
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