心残り。
梓ゆい

握った手を離したくはありません。
父が寂しくないようにと
両手いっぱいの白菊を
棺の中に入れました。
(お父さんさようなら。)
その一言が言えなくて
私はもう一度
両手いっぱいの白菊を
父の首元に置きます。
父の口元が何かをいいたげに緩み出し
私たち家族ともう少しだけ
一緒にいたいとでも言っているかのように
動いたようにも見えるのです。
離れたく無い。と抵抗を示して
駄々っ子のように
私は父の棺から離れません。
もう少しで口が開きそうで
もう少しで声が聞こえてきそうで
「お父さん。お父さん。」と
呼び続けましたが
これが最後のお別れだと言われたので
一言一言をかみ締めながら
「ありがとうございました。」と
深いお辞儀をしながら
さようならをしました。
ようやく星が見えた夜21時過ぎ
誰よりも大きかった父は
誰よりも小さくなって
静かに微笑んだまま
私たちをじっと見つめています。




自由詩 心残り。 Copyright 梓ゆい 2016-05-10 01:45:33
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