ワルツを聴きながら。
ヒヤシンス


 ワルツの流れる部屋の窓から遠く海を望む。
 海は二拍子だと昔から思っていた。
 先入観を捨てた時、私の世界は広がった。
 まだ見ぬ出来事や光景がこの世には美しく溢れている。



 例えばよく晴れた日の海だ。
 太陽を浴びた海は白く輝いている。
 喜びに溢れているようだ。
 そして曇りの日の海はグレーに沈んでいる。
 これほどの悲しみを見たことがない。
 海も空も風も漂う匂いでさえ、様々な表情を持っている。
 その表情を切り取る術を持っていない自分を悔んだ。
 見知らぬ画家や写真家を心の底から羨んだ。
 すべてはこんなにも表情を持っているのに。

 例えば町の佇まい。
 栄えた大通りに寂れた商店街。
 街路樹を照らす街灯や真夜中のイルミネーション。
 青春を謳歌する学生達と酔いどれ天使のサラリーマン。
 風俗店の看板やひそひそ話の客引き。
 ゴミ溜めに座り込む老人と彼を見下ろす警察官。
 ゴミを食らう野良犬と盛りの付いた猫の鳴き声。
 色や音や匂いが星空のもとで漂っている。
 暗闇に一人で過ごす者の苦悶の表情。
 何があったか歓喜の表情の者は誰?
 どこにいてもあらゆる表情が転がっている。
 
 それでは自分はどうだ。
 表情に溢れたこの世界の中で。
 朝は窓を開けた。
 夜は窓を閉めてしまった。
 私は無表情だった。
 一人ぼっちの世界を創るのは簡単だ。
 しかしそれは時を贅沢に使うってことではないのか。
 人との交わりの中で本当に小さな奇跡が起きるのだ。
 その奇跡を見過ごしていやしないか・・・。

 
 
 私は音楽を聴いている。
 ここにも奇跡があった。
 私に表情が生まれる。
 素敵なことだ。
 感じる。
 すべてを感じる。
 生を感じる。
 先入観が薄れてゆく。
 すべては時と共に流れゆく。
 この世は汚いと思うときもあるが、それでも。
 それと同じくらい善と美に溢れている。
 そう思える私の心は幸いだ。 

 


自由詩 ワルツを聴きながら。 Copyright ヒヤシンス 2016-05-07 06:06:34
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