拝啓 きみがいた世界へ
笹子ゆら



拝啓 きみがいた世界へ


あんまりにもあっさりと消えてしまうから、
わたしが困ってしまったことをきみはしらないでいるだろう。
電話口でそれを知らせた、きみの友人の泣き声を聞かなかったろう。
葬儀の前に集まった人々のどうしたらいいのかわからない表情をみなかったろう。
明るくつとめてくれたきみの父親と、終始泣き崩れていた母親の姿をしらないだろう。

ねえ、きみはあんまりに多くを一気に手放してしまった。

それでも人々は普通に営みを続けていく。
きみの友人たちも日常をつぶやき続けている。
あの時泣いていたことも嘘みたいに、楽しそうで、わたしは少し悲しいのは、
わたしの心の中には、まだきみが巣食っているから。

特別に仲がいいわけでもなかった。
最後に会ったのは半年前で、
ふたりでご飯を食べたけれど
思えばその時から悩みは尽きなくて、
あれからずっと、きみは苦しかったんだろう。

きみが死んだと聞いた時、
自ら命を絶ったと聞いた時、
わたしは、ああそうかと、静かに納得してしまった。
悲しみよりも先に立ったその思いは、きみの死を受け入れるには役立った。
それほどに、きみはもがいていたのを、わたしは忘れていたのだ。

救えたわけではなかったろう。
きっと、あの時なにを伝えたところで、命は滑り落ちてしまったはずだ。
わかってはいるけれど、
きみの姿が心に張り付いてしまって、
いまも心が震え続けている。

ねえ、きみ。
ひとつとししたの、やさしいえがおの、おとこのこ。
頭がよくて、どこか厭世的だった、きみ。

苦しかった世界を抜け出して、どうだい。
落ち着いたかい。
やっと安心できたかな。

ああ、でもね。
聞いてくれ。
きみのいない世界は、
きみのいた世界よりも
よっぽど空虚で物足りない気がする。
これはエゴかもしれないけれど、
本当に、そうだよ。

わたしもそのうち、忘れたみたいに楽しく日々を呟くだろう。
けれど、きみに開けられた穴は、わたしが死ぬまで取っておくから。



さよなら、さよなら。
きみがいた世界。
                                                                                  敬具


自由詩 拝啓 きみがいた世界へ Copyright 笹子ゆら 2015-10-18 01:25:52
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