住宅街
あおい満月
(孤独を知りたい)
その声のする方へ
足を向けると
ビル街から住宅街に迷い込んだ。
そこでは人々の匂いはあるが、
人の姿はなく、
窓辺から聴こえてくるやかんの音と、
乾ききった洗濯物が
微風に揺れている。
旅人になったこの身体から蒸発した汗がわき、
皮膚は赤く火照っている。
自販機は青い顔をしながら、
背比べをしている。
ボタンを押せば、
砂がこぼれてくる。
(誰かがいる)
振りかえると、
誰もいない縁側の隅から、
小さな男の子が覗いている。
男の子の目は私を素通りして、
向こう側の車が停まっている影で
寄り添って毛繕いをしている
猫の親子を視ている。
*
(時をとめる)
ふと、
愛について考えると
夏の海がみえてくる。
まだ腕には初々しい
瑪瑙の赤い瞳が
物珍しげに唇をみている。
帰りの車窓に射し込む西陽が、
夢を編みながら眠る人々の瞼に影をおとす。
**
(確信する)
私がここにいることと、
私がここにあることが
交差する中点に触れたい。
誰かが川の浅瀬に戯れるさかなのように
ゆるく指先を掠めていった。
時折吹いてくる風に
残された夏草が
揺れている小路に、
足跡がある。
その足跡の後れ毛をなぞっていくと
みたことのない、
過去という明日にたどりつく。
そこは、
いつかみた空っぽの住宅街。
人の匂いはあるけれど、
誰もいない。
窓辺から聴こえてくる
やかんの音だけが聴こえる。