仏様が降らす雪
月形半分子


真っ赤な夕焼けに羽虫とぶ春のある日、母が泣いていた。父が昼前に家を出ていってから、ずっと押し入れに顔を突っ伏して声を殺して泣いていたのだ。わたしはそれを幼稚園からひとり帰り、見ていた。

それから私たちは、父の帰らぬまま、言葉少なく日々を過ごした。背の高いひまわりが影をまっすぐ海に伸ばして過ぎていった夏も、庭木の桜の葉が冷たい風にふれてはじまった秋の日々のなかでも。わたしたち母と子は、まるで目隠し鬼が書いたへのへのもへじのように、泣くでも笑うでもなく、まるでどこかに気持ちを置き忘れてきたかのように暮らした。


そんなある日、幼いわたしは、重たい灰色の空の上に仏様の影を見たのだった。木々が風に揺れ、初雪が降り出すと、どぉぉん どぉぉん と遠くから音がして、リン、リンと鈴の音もした。あぁ、これは仏様のお渡りだ。観音様のお渡りだ。このお空の上を歩いていらっしゃる。仏様が歩くたび、古くなったお空が壊れて降ってくるんだ。

はくらく はくらく はくらく 

どんどん降れ、降れ。壊れろ 壊れろ 灰色空なんてぜんぶ、壊れてしまえ。

わたしは母さんを呼ぶ。雪だよ!雪だよ!たくさん列なして仏様が灰色お空を壊していくよ。
母さんがそれをきいて笑っている。

はくらく、はくらく、はくらく

へのへのもへじを壊して、春よ来い。



自由詩 仏様が降らす雪 Copyright 月形半分子 2015-03-08 03:31:19
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