コガネムシ
mizunomadoka

雨に濡れた砂浜にビニール袋を敷いて

途切れなく続く紫の波濤を眺めていると

運動場の端にある雲梯の下で出会った

一匹のコガネムシのことを思い出した

あの頃の私は手に取るように虫の言葉が分かり

やれ花の蜜をくれ、水飲み場に連れて行ってくれと

スカートの裾をよじ登ってくる輩虫の多さに辟易していた

そんなときドングリを差し出し

「砂に絵を描いて見せてくれませんか?」と

話しかけてきたのが彼女だった

私は子供心にその真摯さに打たれ

当時、写生大会で特等をもらい飛ぶ鳥を落とす勢いだったこともあり

絵筆となる小枝を探してきて快諾した

そして給水塔やバナナを詳細にけれど大胆に描き

感動したコガネムシが一歩一歩

慈しむように砂の跡をたどって歩く姿を見つめた

私たちは意気投合してたちまち親友になり

また明日この場所で会おうと約束して手をふり合った

その晩、私はインフルエンザで高熱を出した

せめて誰かに言づてを頼むべきだった

数日後、急いで登校したとき

雲梯に彼女の姿はなかった

図書室で図鑑を調べると

コガネムシの成虫の寿命は一週間ほど、と

書かれていた

「明日はきみのことを描いてあげる」

「じゃあ明日は雲梯の上で待ってます」

そう言って嬉しそうに笑う彼女が

夕日で金色に輝いてとてもきれいだった

ずっと私を待っててくれたのに

二度と会えなかった

雲梯の足元にドングリが数個

転がってた

私は立ち上がってビニール袋をとり

そこらに落ちていた瓶や缶や花火の燃えかすを集めて入れた

指先で砂に絵を描いた

あのときのコガネムシ

部屋に戻る前に透明水彩を買おう

春に帰省してあの雲梯にいこう

色とりどりのスケッチブックと

きれいなドングリを持って









自由詩 コガネムシ Copyright mizunomadoka 2015-01-18 07:39:30
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