湖底幻想
イナエ

陽光も届かない湖底には
二十世紀を抱えたまま山里が沈み
とある一軒家には歳経た鯉が住み 
いろりを囲んで小魚たちに昔話を聞かせる

山峡の淵に潜んでいた竜は
湖底に散らばっている屋敷を見て回り
狭くなっていく本宅に換えて
昔娶った人間の妻と住む別荘を物色する

湖底に沈んでにおいを失った木の芽の棘に
傷ついたサンショウウオは
良い薬はないかと漆の溜まった井戸を覗く
カワウソは旧交を求めて
人間に裏切られて淵の奥深く潜んだまま
未だ姿を見せないカッパを探して
次第に苔の剥がれていく無縁塚を
彷徨っている

鮒は昨日屋敷を取り巻く赤芽樫の生け垣に
生み付けた卵を
何者かが食っていった痕を見つけた

食物連鎖の争いの予感は
骨の奥深く潜んでいた恐怖の記憶を
鱗の隙間から浸みだして
墨汁のように漂い広がり 

夜密かに無縁塚から流れ出す人間の幻に
捕らえられ
魚たちは 
眠るときも見開いたままの眼に涙を浮かべる

             
                 「岩礁146号」から(過去作)


自由詩 湖底幻想 Copyright イナエ 2014-09-28 14:37:42
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