おとぎ話
猫の耳

夏の夕方の空気はひどく湿っていて、
身体にまとわりつくように重い。
何故だか涙がでる。
私が言うと、あなたはそっと微笑んだ。
それはね、
風が街を巡り、みんなの悲しみを絡め取り、
そのまま海へ流れていくからだよ。

そんなおとぎ話のような話を、
あなたは囁くように話してくれた。
夕日に包まれたお寺の階段、一番上に、
ふたり並んで座りながら。

そう…あれは高校一年の夏の終わりだったね。
偶然の再会が二人の記憶を巻き戻す。

それから…
それから私達どうしたんだっけ?
私が聞くと、あなたは憮然とした。
なんだ…覚えてないのか。

もちろん覚えていたけれど、
覚えてない振りをした。
だって…

私が思い出す振りをして首を傾げていると、
あなたは周りを見回してから、
私を抱きすくめキスをした。
それは、
あの時と同じだったけれど、
あの時と同じじゃなかった。
わかっているけれど、
何だか哀しかった。

あなたはふいに立ち上がると、
もう帰らないと…と呟いた。
私も立ち上がり、何事もないようにスカートを払った。
私達は大人になっていた。

ね、通り過ぎた年月って残酷?
それとも優しいのかな?
答えは出ないけれど、
約束もしないままに
私達は別々の道を帰っていく。

道すがら、思い出した。
おとぎ話に続きはなかったんだよね。
もう日が暮れる。
紺色の闇が静かに私の心を覆った。


散文(批評随筆小説等) おとぎ話 Copyright 猫の耳 2014-08-01 22:48:55
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