ぶっつけ未詩 3
Giton

「2」は、二乗記号(上付き文字)
私がたいせつにしている彼女から来た手紙と葉書の束
百年後には、彼女の全集を編もうとする出版社が
血まなこになってさがすかもしれない
それまで朽ちずにいるだろうか、この世から消えずにいるだろうか
そんなことには私は関心がない、もちろん今は雲の上にいる彼女とても‥

その山荘に装甲警官らが迫ったとき
彼女の男はまっさきに爆死した
インティファーダなどではない
たんなる爆弾自殺だ、証拠隠滅だ、魂という名の証拠の隠蔽だ
同志は銃を乱射して、ひとりまたひとり、倒れていったが
彼女は戦闘に参加しようとさえしなかった

警官隊が進入して来たとき、彼女はかんたんに拘束された
手錠をかけた警官は、この女がほんとうにあの首魁、あのNかと訝しんだ
しかし彼女はいちどたりとも死ぬということを考えなかった
その後40年間、最後に意識を失う瞬間までのあいだにも‥

彼女はいつも、自尊心と、嫉妬と、反逆と夢想にのみ満たされた少女だった
永久に少女だった‥
彼女の頭脳はいつも山上のお花畑を走り回っていた
お花畑の空には、いつも、その文字が‥
彼女の座右の銘が、沸き立つ雲のように揚がっていた:

 「E=MC2」*1

彼女から来た年賀状には、花咲き乱れる広野を越えて行く幌馬車が描かれていた‥


彼女がどうして私を選んだのかは分からない
彼女の崇拝者は数多かった
マスメディアと捜査当局によって、残忍な殺戮者の烙印を押されたあとも
崇拝者はたえなかった
彼女は崇拝者が来ると、にこにこと笑みながら
どこまでやる気があるか分からないねと、あとで私に言った
どうして、崇拝者でさえない私などが選ばれたのか‥、分からない
しかし想像できなくはない
彼女ははじめて見たのだろう、情欲のない男の目が向けられるのを。
私は同性愛者だから‥

それから彼女の親族は、定期的に私を面会させるようになった
私を連れてゆくと、しばらく彼女の様子が良くなるのだと言った
私は医師でも僧侶でもなかったが、たしかにそういう目的に利用できない職業ではなかった
彼女からは長文の手紙が来るようになった
彼女は医師を誰も信頼していなかったが
僧侶は‥ あの高名な尼僧は、さいごまで彼女を深く信頼し支持していた
彼女には、崇拝者でない心からの支持者が必要だったのだ‥

60年後に、散逸した彼女の書簡を血眼になって探す編集者のために
私はこの文を、このフォーラムに置いておこうと思う
もちろん、その時には私はもうこの世にはいないのだけれども

 「E=MC2」

その謎の言葉は、いまやっと意味を開示する。
そうなのだ
生命は、物質は、エネルギーなのだ

彼女の生命であったそのエネルギーは、いま宇宙のどこに漂っているのだろうか‥


*1 「2」は、二乗記号(上付き文字)



自由詩 ぶっつけ未詩 3 Copyright Giton 2014-07-12 16:45:54
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