スペアー
アンドリュウ

同僚の佐伯の様子がなんか変!
受け答えもそつがないし仕事も捗ってるようすだけど
ヤッパリなんか変!他の人の目は誤魔化せても私の眼は誤魔化せない
たとえば、トイレに入ったとき必ず口ずさむミスチルのあの歌を歌わないし 手なんか洗ったことないのに洗ってる
「よう!お前なんかあったん?」
「別に いつもと変わらないよ」
でもやっぱり変!昼飯の時もいつもはまず味噌汁を一口すすって(ふうー)ってため息をつくのにハンバーグから食べてる
といっても 姿形も声も佐伯なんだし…。

 次の週の月曜日の朝状況は一変した
事務所の扉をくぐると真っ黒に日焼けした佐伯がそこにいた
皆には土日とスキーに行って雪焼けした等と説明している
どうもスキーの焼け方とは違うようだ
訝しく思った私は奴のスラックスをちょいとはぐってみた
案の定 そこには真っ黒に日焼けした素足があった
「………」
睨みつける私を佐伯は目くばせしてボイラー室に誘った
「よく見破ったな、でもこれから話す事は口外しないと約束してくれ」

 その週の週末私は佐伯の描いた地図を頼りのとあるビルの地下に辿り着いた
会社の名前はスペアタイヤード研究所と書かれている
なにも知らない者はタイヤ関係の会社だと思うに違いない
私にしたって佐伯に詳しく聴いてなければ決してこの会社のドアをノックする事はなかった
佐伯の奴この会社のシステムを利用して一週間南太平洋のクック諸島でバカンスを楽しんでいたらしい

「S14563」ドアホンに向かってそう告げるとドアは自動的に開いた
「ようこそスペアタイヤードへいらっしやいました えーっと佐伯様の紹介ですね」
「システムについては詳しく佐伯から聞きました実は来週どうしてもご利用したいんです」
「そうですか困りましたね…予約は三週間前という事になってるんですが」
「どうしても来週 来週でなきゃ駄目なんです」
「こまったなあ…クローンの方があいにく全部出払ってまして」
「そこをなんとかVIP様にいくつか予備があるのでは…」
「vip用は使うことはできませんが…お客様がどうしてもというのであれば只今テスト中の新製品が一体あるのはあるのですが…」
「ああそれで構いません とにかく何としても来週ニューヨークへ行きたいのです長いこと音信不通だった妹がオーディションに受かって初めてミュージカルの舞台に上がるんです ほんの端役なんですがこの会社を知るまでは絶対にいけないとあきらめていたんですが…佐伯の話を聞いて是非行きたいと思うようになりました」
「わかりましたそれではここにサインをしてコピールームへお移り下さい」
「くれぐれもこれは新型で充分テストされてない事をおわすれなく もし万が一何か起きたとしても当方では責任は負いかねます」
「ひとつだけ質問! 新型とはどこが改良されたのですか?」
「あなたもお気づきのように従来型はそつなく本人の代役を果たしますがそつがない故に対応が事務的で
ごく親しい人には違和感を抱かれるという欠点がありまして新型ではそこを改良しました」
「という事は…」
「つまりよりリアルに欠点や癖や本人の願望も含めてコピーいたします」
「それなら問題ないじゃないですか」
「そこはなんともいえませんまだ実験段階でして今回の緒方様の貸し出し結果も実地テストとしてデータを有益に使わせていただきます」

 翌々週アメリカから帰国した私は多少ドキドキしながら出社した
先週一週間の私がスペアだったことは佐伯にも伏せてある そうしろとの研究所の指示だったのだ
どういうのだろう 何となく雰囲気が違うような気がする
皆の視線がなんとなく以前と違うのだ 何というのだろう好意的とでもいうのだろうか
部下も上司も同僚も皆がほほ笑みながら私を見ているのだ
留守中の仕事の推移については詳しい報告が昨夜のうちに伝送されていたから支障はないのだが…
そういう視線にうまく対応する事が出来ずに私の態度はぎこちなくなっていった
休み時間に佐伯が目くばせして私をボイラー室に誘った
「お前スペアーだな…緒方はどこへ旅に出たんだ?」
そういってじっと私の眼を覗き込んだ。
「……。」

 その日会社が終わると私は急いで研究所に向かった
「困りましたね〜 つまりクローンの方がよりあなたらしかったとそう云う事ですよね」
栗田と名乗る研究員はそういってにやりと笑った
「それで私どもにどうしろとおっしやりたいのですか?」
「とにかく困るんですよ 影武者は本人を越えてはならないのは常識でしょう 本物の私がクローン扱いされるなんてはなはだ不愉快です」
「そんな事言われても あなたには注意してさし上げたし第一あなたは契約書にサインされてる」
私はなんだか急に眠たくなってきた 出されたコーヒーに何か薬が入っていたのか…。
遠のいてゆく意識の中で栗田の甲高い声がきこえる…
「それに契約書には書いてあります クローンが本人を上回った場合本人の処分に同意する事、だいいちあなたの会社ももう三分の一は我々クローンなんですよ ハハハ」
「どうやら薬が効いてきたようだわな この調子でいけば十年もすればこの国は我らクローンのものになるわな うひょ〜」
(…た たじけて〜)


散文(批評随筆小説等)  スペアー Copyright アンドリュウ 2014-06-11 20:28:58
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