トランジット(窓辺で相変わらず夏が狂っている)
ホロウ・シカエルボク





窓辺で夏が狂っている、顔に滲んだ汗を舐めながらその日最初の食事をした、インスタント・フードのイージーなフレーバー、そんなもので一日のひとかけらが塗り潰されキッチンが乱れる、エアコンの設定を変える、冷蔵庫のボトルのアイスコーヒーを飲む、ようやく冷えてきた身体をソファーに沈めて流れている音楽を口ずさむ、強いピッキングとともに午後のひとかけらが零れ落ちて行く…かけなければならない電話などのちょっとした用事は午前中にすべて済ませてしまった、予定ということに関してだけ言えば、明日が来るのを待つだけだ、睡魔が訪れるけれど夜が来るまではなるべく眠りたくない、周辺のものを軽く片付ける、ずいぶん前に行方が判らなくなっていたものが出てくる、探していたことももう忘れていた、無意識なだけではいろいろなものを失くしてしまう―無意識を意識的に操作しなければならない、矛盾なんて当り前に存在するのだ、矛盾なんて当り前に存在する、それを認めないというのであれば、きちがい扱いされても文句を言うことは出来ないさ、そんな風にしてひとかけらが忘れられて行く、ブルース・ハープのベンディングのような―経過―表通りに面したこの部屋ではひっきりなしに救急車が行き来する音が聞こえる、けたたましいサイレンの中で誰かが苦しんでいる、何度も何度も、ギリギリの感情を彼らは運んで行く、清潔なストレッチャーに乗っけて…雨が降り続くという話だった、だけど黒雲は疲れてしまったのか、空に浮かんではいるけれども機能してはいない、窓辺で夏が狂っている、近くの商店で世間話をしている年寄りの声が聞こえる、そこにいない誰かや事柄について話せば、それが問題意識ということになる、あまりその店の前を通り過ぎることはしない、大きな河沿いの住処なので、下手をしたらひとつ西か東の橋まで派手な遠回りをしなければならなくなるけれど、ささやかな煩わしさに比べればそんなことたいした苦労じゃない、学校が早く終わったのか、大声で話しながら自転車の学生たちが通り過ぎる、彼らには加護された自由がある、学生ときちがいと老人、彼らのことをうらやましいと思うことはない、喉を潤すついでにキッチンを片付ける、同居人が飼っている猫が構われたがって興味を催促する、水を使い始めると諦めて寝転んでいる―一年前までこの家の隣には数十年も前に潰れたスナックの廃墟があった、崩れかけた壁をワイヤーで縛り付けていた小さな店、看板は残されていたがなんと書いてあるのかは読み取れなかった、それなりに凝っていた入口の木製のドアは、打ち付けられて二度と開けることが出来なくなっていた、すりガラスの窓の寸前まで、押し込められたままの物が押し寄せていた、屋根には野良猫が集まり、強烈な小便の臭いが耐えなかった―閉口していたが、ある日突然壊されることになり、ずいぶんと風通しが良くなった、気休めみたいな柵が設けられているが、更地の宿命とでも言うべき不道徳なゴミ箱になっている…窓辺で相変わらず夏が狂っている、往来で出会う知り合いたちは、気温と湿度と梅雨の話ばかりしている、携帯にメールが届く、仕事を辞めたと友達、またそのうちと約束して沈黙が帰ってくる、キャンディを舐める、エアコンの設定を変える、生半可な風じゃなんにもならない、ソファーに戻って雑誌を捲る、見に行けなかったライブ・パフォーマンスの記事だけを真剣に読む、そうしてひとかけらが何処かへ去って行く、インターネットの掲示板じゃ今日も、証拠のない実力を誇示したがるやつばかり、自己主張と実力は比例したりなんかしない、学生ときちがいと老人をうらやましいと思うことはない。








自由詩 トランジット(窓辺で相変わらず夏が狂っている) Copyright ホロウ・シカエルボク 2014-06-06 14:13:40
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