三月の子守唄
岡部淳太郎






 眠れ
 眠れ
いまは
亡き者よ
 眠れ

遠くへ
遠くへ
行って
そこで
 眠れ
 もう
 帰る
ことの
 ない
遠くで

 眠れ
 眠れ
ひたすらに
 眠れ

 もう
目醒めて
いる時
ではなく
 もう
目映くて
いるわけ
でもなく

 眠れ
 眠れ
いまは
死んだ者よ
 眠れ


    あなたを失った時に感じた心の悲しみが、あ
    たたかい春の日差しに照らされて、ゆっくり
    と、あくまでもゆっくりと、癒されつつあっ
    た。あれから三百六十の月を数え、公転周期
    は滞りなく進み、花の季節は何度も一回転し
    ては元に戻り、あの時を思い出しはしても、
    もはや心痛むことはなく、泣くこともなく、
    ありし日のあなたの歩みを、ただ懐かしさと
    ともに、思い出すだけだ。それは失ったこと
    へのあきらめではなく、暗さのうらにある明
    るさの、粗い素描のようなものであって、こ
    れからそこに肉付けしてゆく、記憶。編みこ
    まれてゆく、思い出。あなたよ、だからこそ、


 眠れ
 眠れ
とおに
亡き者よ
 眠れ

遠くへ
遠くへ
いつか
誰もが
たどり
 つく
遠くへ

そこで
休んで
 眠れ
そこで
安らかに
 眠れ

あなたよ
 眠れ
川や山
または
海の底の
向こうの
ゆらゆらと
 漂う
律動と
ともに
 眠れ
あなたよ
 眠れ


    私は心。ただ、あなたをそこに、刻みつける
    だけの、心。あたたかく、なろうとつとめる、
    心。果てるための、あなたの果てまで、歩こ
    うとする、役立たずの、心。いまだしおみず
    を、じゅんびしている、心。その心に向かう
    ための、心。心だけのあなたを、心にとどめ
    ている、心。いまや、心だけの、あなたよ、


 眠れ
 眠れ
いまを
盛んに
 眠れ

 もう
この時間
 では
目醒め
 ない
あなたよ

つぎの
時間で
目醒める
 まで
ふたたび
嬰児の
泣き声を
漏らすまで

 眠れ
 眠れ
遠くまで
 眠れ


    あなたを失ってから、とても多くの時が過ぎ
    た。だが、それはいま思い返してみると一瞬
    の、鳥の旋回のような素早さであり、その中
    で、はらはらと、あくまでもはらはらと、時
    が落ちては消えて、溶けこんでいった。瞬間
    の遅刻の、子供たちが、駈けまわる。彼等は
    この世の中にこんな種類の悲しみがあること
    など、知る由もない。あたたかさは人を陽気
    にさせるが、そのかたわらで私は、一瞬のよ
    うな時間の総量を思い返しては、それをまた
    しまいこむ。せめてこのあたたかさの、春よ、


桜の花よ
 咲け
 咲け
それから
 散れ
 散れ

 眠る
あなたに
 降り
つもって
つぎの
 夢を
ゆっくりと
まねき
寄せるまで

その中で
 眠れ
 花の
ように
つぎの
 時を
 夢に
 思い
描いて
 眠れ

思い出の
来世に
微笑んで

 眠れ
 眠れ
あなたよ
 眠れ



(二〇一四年三月)


自由詩 三月の子守唄 Copyright 岡部淳太郎 2014-03-26 18:05:22
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3月26日