大きな木になったムーア
つきのいし.

ムーアは泣かない子供でした。

ムーアは声のない子のように無口でした
ムーアは顔のない子のように無表情でした
ムーアは目のない子のように見つめていました
ムーアは手足のない子のように歩きました
ムーアは服をまとっていないような身なりでした
ムーアは親のない子のように遊んでいました

周りの子供たちは とてもとても純粋でした
ただ 特異なムーアの存在に
どうしていいのか わからず
自分らと違っていることに戸惑い
いつからか 誰からか
子供のままの残酷さで
無心にムーアをいじめるようになりました

ムーアは体のない子のように無傷でした
痛みを感じない子のように立っていました

どんなことをすればムーアが異変するのか
ムキになるように子供たちは
それでも やめようとしませんでした
しかし どんなことをしてもムーアは泣きません

春はき 夏をこえ 秋はとおり 冬をむかえ
ムーアは教室のなかでどんどん透明になっていきました
どんどんどんどん 透き通っていきました
誰もがムーアを無色にしていったからです。

春はこう言いました
(声はなくても あなたのことばは鳥のように翼を開いていますよ)
夏はこう言いました
(顔はなくても あなたのほほは 林檎をもいだ香りのように漂っていますよ)
秋はこう言いました
(目はなくても あなたの瞬きは 風のように勇気を吹きこんでいますよ)
冬はこう言いました
(手足はなくても あなたの歩みは 海のようにしっかりと流れていますよ)
自然はこう言いました
(服はなくても あなたの姿は あなたらしい誇りをおおっていますよ)
時間はこう言いました
(親はなくても あなたの在り方は 結ばれた星々の落果した隕石のように 実のっていますよ)


長い休みが明け
つくしんぼの芽吹く季節が やってきました

子供たちはめいいっぱい遊んでいます
ところが
教室にも学校にも どこにも 
隅々を探しても 
ムーアの姿はありません
子供たちは ムーアがいたことさえ記憶のなかから消えているように笑っていました

ただ 昼休みになると 誰かしらいつからか 
そこに それまではなかった 校庭の大きな木のそばに 
みんな集うようになりました

大きな大きな木は、枝を大空にはりつめ 根を大地にとどろかし 葉を大きく波打たせながら
サーサー
サーサー
サーサー
と、
まるで透明な根っこの 透明な枝の 透明な葉で
こころ豊かな子供のように
ずっとずっと鳴いていました。





散文(批評随筆小説等) 大きな木になったムーア Copyright つきのいし. 2005-01-13 18:32:37
notebook Home 戻る  過去 未来