あいつと僕
紀ノ川つかさ

今日もあいつが僕を脅してくる
お前を今にひどい目にあわせてやるからな
そしてあいつは僕に唾を吐きかけ
腕を振り上げて殴るまねをするんだ
どうして僕だけがそんなことされるのか
分からない
あいつの腕はとても太くて
拳はとても固そうで
殴られたら痛いどころか僕は
壊されるんじゃないかと思うよ
怖くてしかたがないんだ
怖くてしかたがないんだ

僕は体を鍛えることにした
あいつにやられないために
でもパパとママに止められた
そんなことしてはいけない
殴り合いのけんかなんてしてはいけない
僕はそんなつもりじゃないのに
自分を守りたいだけなのに
パパもママも信じてくれない
それどころかこう言うんだ
お前がもし強くなったら
きっと暴力でみんなを支配しようとするだろう
きっと自分の欲望を暴力で満たそうとするだろう
きっと暴力が正しいことだと言い張るようになるだろう
そんなつもりはないったら!
僕が泣きながらそう言っても
パパもママも耳を貸してくれない
あいつのことなら心配ないよ
本当は弱いやつなんだ
口で言ってるだけなんだ
気にしなければいいんだよ
暴力を使わない人間は
とてもすばらしいとは思わないか?
とても美しいとは思わないか?

僕はあいつに胸ぐらをつかまれた
あいつは顔を寄せて言う
嫌われ者のくせに生意気な顔して
歩くんじゃないよ
てめえは目障りなんだよ
もっと小さくなって生きろよ
俺に口答えしたら殴るぞ
今度目の前をうろうろしたら
橋の上から川に蹴落としてやる

僕は家に帰り
泣きながらパパとママに言った
せめてあいつに何か言ってくれ
あいつの両親に何か言ってくれ
怖いんだよ
怖くてしかたないんだよ
これじゃ外も歩けないよ
でもパパもママも
困った顔で微笑みを浮かべているだけなんだ
なんでそんな顔してるのか分からない
怖いんだよ怖いんだよ
何とかしてくれよ!
するとパパがやっと口を開いたんだ
パパは昔
あいつのお父さんを殴って蹴って
そりゃあもうひどいことをした
だから決めたんだ
パパはもう二度とけんかはしない
そしてお前にも決してさせない
お前をけんかができる子供には絶対にしないよ
なぜなら
なぜなら
お前にはパパの血が流れているんだ
残酷で汚くて救いようのない血が
暴力の味を覚えようものなら
それで世の中を支配しようとする
それで誰もを従わせようとする
人の家に押し入って物を奪おうとする 
そんな悪にまみれた血が流れているんだよ
お前はそういう子なんだ

僕は愕然とした
そんな血なんてあるものか!
僕はずっと怯えて生きろって言うのかい?
身を守る術も持ってはいけないのかい?
怖いんだよ怖くてしかたないよ
あいつが今にもやってくる
あいつが今にも襲いかかってくるよ

どうかけんかをしない子になって
どうか暴力を使わない子になって
けんかができない子はすばらしい
暴力が使えない子はすばらしい

誰もあいつに
何も言ってくれない
見て見ぬふりの大人たち

お前には残酷な血が流れているから
お前には恐ろしい血が流れているから
世の中を暴力で支配してはいけません
あの日のように暴力で支配してはいけません

誰もあいつに
何も言ってくれない
見て見ぬふりの大人たちが
笑っている
自分達はとても美しい人間だと
うぬぼれて笑い合っている
怯えた僕に構わず
ひたすら笑い合っている
そして僕に言う
ここは暴力のない町だ
胸を張って生きなさい

そして僕を
潰していく




自由詩 あいつと僕 Copyright 紀ノ川つかさ 2013-12-13 23:56:19
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