静かにしている
はるな


ことし一番の冷え込みでした、と滑舌のわるい男が喋っている。昨日と明日の気温や服装について話つづける。雲が、保存のわるい油絵みたいにばりばりにひびわれてそこから橙色がのぞいていて、電気を点けていない16時すぎの部屋からはそれがよく見える。いつから、いつからこんなふうにこの部屋は外の世界と親和するようになったんだろう?部屋のなかのすべては橙に浸されたように一様に眠っている。ここから出ていくか、あるいはここにあるすべてを捨てることでしか外との「距離」を避けるしかできない、けれども「すべて」を捨てることなんてできないのだし、ここから出て行ったさきはひとまず「外」でしかないので、わたしは日の当たらないソファの影に毛布とうずくまって静かにしている。
静かにしていよう。世界がそれを終えるまでは。

眠っていると、となりで眠る夫が、時おりわたしの腹部を撫でる。とてもやさしい、なつかしいようなやり方でそうするのでいつも目がさめてしまう。夫が、わたしをなでているのか、わたしの中の子供をなでているのか、わからないので混乱してしまう。でも、これはわたしの体なのに。
もっと、腹が透けて見えるとかだったらいいのにと思う。もっとちゃんと鋭く痛かったり、動いたりすればいいのにと思う。あんまり身勝手だと言われてもしかたのない考えをしながら、身動きのとれないままに撫でられて夜を見ている。わたしは境界のないこの状態に混乱している。



散文(批評随筆小説等) 静かにしている Copyright はるな 2013-11-14 16:40:09
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