形を失いつつある夢
草野春心
四方の壁が 昨晩から私を見つめている
あるいはさりげなく置かれたひとつの椅子を
私の脳のなかで形を失いつつある、
アメーバ状の夢を……
その闘牛士は朝食に 堅実に焼けたスコーンと
淹れたばかりの熱い紅茶をとった
陽の光を吸いこんできらめく石畳の道が
あらゆる残酷なことに飢えたさびしい観衆が
窓の外で彼を待っていることを 彼はしっている
(帰ってきたら静かな音楽を聴こう)
(血なまぐさい疲労を床のうえに置いて)
(遠い国の 静かな音楽を聴こう……)
テーブルのうえに葡萄が置かれていない
塩の入ったガラス瓶も置かれていない
一度だけ 誰かに読まれた新聞も
あなたの痩せた白い手も そこには 置かれていない