形を失いつつある夢
草野春心



  四方の壁が 昨晩から私を見つめている
  あるいはさりげなく置かれたひとつの椅子を
  私の脳のなかで形を失いつつある、
  アメーバ状の夢を……



  その闘牛士は朝食に 堅実に焼けたスコーンと
  淹れたばかりの熱い紅茶をとった
  陽の光を吸いこんできらめく石畳の道が
  あらゆる残酷なことに飢えたさびしい観衆が
  窓の外で彼を待っていることを 彼はしっている
  (帰ってきたら静かな音楽を聴こう)
  (血なまぐさい疲労を床のうえに置いて)
  (遠い国の 静かな音楽を聴こう……)



  テーブルのうえに葡萄が置かれていない
  塩の入ったガラス瓶も置かれていない
  一度だけ 誰かに読まれた新聞も
  あなたの痩せた白い手も そこには 置かれていない





自由詩 形を失いつつある夢 Copyright 草野春心 2013-10-27 08:47:17
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