ありがとうの言葉とともに
そらの珊瑚

記憶の糸をほどく
風景や音や肌触り
縫い合わされていた
いくつもの欠片が
ふたたび熱を取り戻して差し出される
思い出は語られたがっているのだろうか

子供の頃ひと夏を過ごした祖父母の家
庭に出れば
威勢のいいクマゼミが
四方八方からぶつかってくるような
木々に囲まれた田舎の家だった
「リカちゃん人形の服にどう?」
色とりどりのはぎれを
おばさんはくれた
服やカーテンなどに仕立てられた後
余った生地たちは
手のひらの中でひっそりとして愛らしい
切り口がゆるんでしまったいくつかは
さらさらとほつれかかり
織られる前の糸に戻りたがっているようだった
覚えたての危なげな針と糸で
わたしは大切な友達に服を作ってプレゼントした

もはや人形の服にもならないような
細いはぎれは
縄とともに編まれて
背負い紐になった
重たい荷物を背負うとき
はぎれは人の肩でそっと息をしたことだろう
あの峠道で
はぎれは優しく支えただろう

黒いはぎれはかなしみの途中で目隠しに
傷口に巻かれたはぎれはやがて血の色に染まり
ハンカチの代わりに涙をふき
黒髪を束ねるリボンとなった

その家の階段を昇る途中
壁に飾られていたのは
絵と詩を収めた小さな額だった
「手のひらを太陽に」
やなせたかしと記されていた
わたしはそこを通るたび
心のなかで
その歌を口ずさんだ
詩は唄われたがっていたのだろう

そしてわたしは大人になって母となった
アンパンマンは子の一番のお気に入りだった
わたしは
きっと一生で使い切れないほどの
美しいはぎれを
もらったに違いない

今日、わたしは純白のはぎれで
一輪の花を作ろうと思う


自由詩 ありがとうの言葉とともに Copyright そらの珊瑚 2013-10-16 08:57:40
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