季節外れ
くみ

『秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる 』

確かこの歌を見かけたのはいつだっただろうか?確か高校生の時に古典の授業の時に副教材か何かに載ってたやつと思ったが、秋が来るという意味合いの歌じゃないかと俺はぼんやりと考えていた。

(8月過ぎてもまだまだ暑いな……)

夏の終わりの感触は、秋生まれなのに俺自身は結構気に入っている。
気温も湿度も高くダラダラと蒸し暑いのはうっとうしいけど、よく冷房の効いた室内から出た時にしか感じる事が出来ない、夏のあの一瞬だけ来るむわっとした様な薫りはそれなりに好きだった。
夕方にそれを感じると何故だか、田舎の祖母の家に居る様な錯覚に襲われる。夏の終わりにその家に居られたら幸せだろうなと、ふっと思いながら想いを馳せた。

俺は本は元々好きだったから色々な本を読んできた。特に仕事柄、経済や国際関係の本を読むのが多いが、古典も嫌いじゃない。昔、受験勉強をしていた時も和歌は興味があったし、これはいいなと思うのは夏の終わりや秋の歌だった。俺は読んでいた本をローテーブルの上に置くとごろりと寝転んで、冷たいフローリングの上で涼を取った。

「またそんなだらしない格好して……」
 
声のする方に目をやると、恋人が珍しく台所に立っていた。何か茹でているのか手で湯気をパタパタと振り払っている姿に、俺は顔だけをそちらに向ける。
髪がうっとおしいのか前髪だけをピンで上げていた。

「黙って見てるなよ…」

「何やってんのか見てなくてもだいたいわかるもん」

「わかってたまるかよ」

何かを刻んでいるのかトントンと心地いい音も聞こえてきて、俺は思わず微笑んでしまった。昔、恋人に料理を教えた記憶はあるがそれ以来サボっていたらしく、少し前までは子供でも扱える包丁もろくに使えなく怪我ばかりしていた恋人が、何があったのかは敢えて聞かないが再び密かに練習したらしい。
今は何とか昔教えてやった誰でも作れるかなり簡単な料理なら出せるまでになった。毒味をさせられる時はさすがにハラハラしたが、それが何かいじらしくて可愛いと俺は思った。


(いつまで続くか分からないけど、どんどん練習していけばコイツの料理も母親が作るような味になっていくのかな?最初は俺が教えたんだし)


母親の料理はどんな味だっただろうかと俺は昔を懐かしんだ。彼女はよく自分の嫌いな物を上手く誤魔化して料理を作ってくれた。未だに何故かエビフライは食べれないけど。そんな事をふと思っていると頭上に恋人が立っているのに気づく。

「ん?どうした」

「いーや別に。でも何か考えてたでしょう?」

「お前が作る料理について」

「そうなの?」

ギャルソンエプロンを外した恋人は、『付けすぎると身体に悪いよ』と言いながら冷房を消すと窓際に向かった。つられて俺も起き上がると、恋人は窓を開けて手にしていた何かをカーテンレールに吊り下げようとしていた。

「風鈴?季節的に遅いだろ」

「うん。前に実家に戻った時に昔使ってた風鈴が目に付いたから持ってきちゃった」

その風鈴は、透明な硝子に美しい朝顔の花が書かれていた物だった。いかにも恋人が好きそうなデザインだ。吊り下げられた風鈴はちょうど風が来たようで、その風に揺られてちりんちりん……と良い音が鳴っていた。

「たまにはこういうのもいいでしょ」

ふわりと笑いながら、恋人は俺の隣に座った。

「どした?」

「風鈴ってさ、昔は田舎の家に行くと必ずあったよね」

「風鈴?そうだなー、俺の田舎にもあったっけな」

「うん。小さい時は家族3人で田舎のお婆ちゃんの家に行って縁側でかき氷とかスイカを食べたり、夜は花火したりしてさ…楽しかったな」

「今年はもう無理だけど、来年は一緒に行くか?俺の田舎」

「うん。前にも1回連れて行ってくれたよね。また行ってみたいな」

夕陽がゆっくり落ちていくのかいつの間にかフローリングに2人の影が出来ていた。ふと恋人の方を見ると薄暗くなった部屋に自然の光で照らされている恋人の顔は昔と変わらずに綺麗だった。

「なに見てんの?」

「なにも」

「嘘つき…恥ずかしいからそんなに見ないで……」

見ていた事を誤魔化すかのように、俺は恋人の肩をそっと自分の方に引き寄せてみる。いきなり触ってびっくりさせてしまったのか緊張気味な背中を安心させるように優しく撫でてやる。

「もうすぐ夜になっちゃうな」

「うん。でも陽が落ちる時間は嫌いじゃないよ」

「たぶん今日は雲も出ないから月明かりも見えるかな?」

「満月だもんね」

夏の終わりの感触、恋人の姿、台所にある料理、揺れる風鈴の音。
隣に居る恋人の身体の熱も柔らかい風が吹き抜けていき熱を少し下げてくれる。本当に夏が終わって欲しくない位に居心地がいい。

暫くそのままにしてると暮れゆく空にうっすらと輝く月が出てきた。それを見つめながら俺は恋人の綺麗な頬と唇にキスをしてみた。


散文(批評随筆小説等) 季節外れ Copyright くみ 2013-10-12 20:02:12
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