水蜜桃
伊織

遠い日
私をすこやかに育てなおしてくれた人よ

あなたの真似事をしています



背負ってしまった陰を呑み込んで
人知れず水鳥の如く足掻きながら
あなたは
微笑むことを忘れませんでした
   あなたにも朝が来るの、
   わたしだって生きているんだから
何もかも許容して
その実
不条理を許さない
強い人でした



最後に手を放したその日まで
どうしてあなたは
私を見つけてくれていたのでしょう



 今年の夏はとても暑く
 休日の路上は溶ける
 滑りこんだ喫茶店で終わらない独白を
 宙に消え去って構わない、
 刹那を孕んだ独白を
 ひとつひとつ
 拾い上げては撫でる



あの日々も
そうでしたか?



−−残りひとつだから、持っておきなさい
給湯室
ふんわりと押しつけた
瑞々しい果実
反対側の手であなたは
私の手を抱き締めたのです
それから

去っていった



風の便りに聞きました
余命少ない母君の
そばに寄り添っていることを



今は一人娘を抱えて
何とか生きているこの身にも
頼りにしてくれる人ができました
不完全な母親が母のふり
笑い話にしてはくれませんか



遠い日
ぼんやりと空いていた両手には
意味があるのだと知りました


自由詩 水蜜桃 Copyright 伊織 2013-09-22 21:54:43
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