夏の夜の海辺、回帰、再生
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わたしの砂浜、波打ち際に
いちばん美しい波が寄せてきたころ。
月の腕にあやされた赤い花花の
うっそうとした香りは風にまかれ
わたしの刻んだ足跡も
すっかり消えてしまった。


雨が絶え間なく降り続いたあと。
ここには、軽やかで屈託のない
ネイビーブルーの夜空だけが
波のうねりの速度を知っているかのようだ。
わたしはまた愚かにも
砂浜を歩いている。

月がわたしのあとをついてくる。
花は汗ひとつかかず
清潔に揺れ、
ひどく小さなその手で
風と風を切り分け
浜辺に律動をうむ。


わたしは
歩いている。
歩いている。
歩いている。


いちばん美しい波が
わたしの軌跡を追従し
その前よりもいちばん美しい波が
また陸にあがり、
わたしの足跡を
きれいになくしてゆく。


波が足跡をさらったあとは、
すこしくぼみができていたり
小さな貝殻が落ちていたり
何かの漂流物が到着したりしていた。
だけどわたしの足跡が
すっかり残っていることはなかった。


つまりはどんな光景だろうと
わたしの刻んだそのかたちは
しょせんこの浜辺には
取るに足らないことだってこと。
砂浜の堆積物を形成することすら
少しだってできやしない。


それでも
わたしは歩いている。
歩いてゆく。
歩いてゆく。


波の美しさは
そのときごとに変わる。
もちろん正当な形状があれば
荒れ果て乱暴なものもある。
荒れ果てているものは
それゆえに
かえって美しく思う。
みんな、わたしの足跡をすっかりなくしてゆく。


だからわたしは
そのいっしゅんでも
砂浜にしっかりと足をつけて
歩きたい。


どんなふうに歩いたか、
どんなものが見えていたか、
その日々を
こうして書き留めておきたい。


よろこびも失望も
ちゃんとおぼえておくことで
わたしの歩みを
もっと確かに
進められる気がする。





自由詩 夏の夜の海辺、回帰、再生 Copyright eyeneshanzelysee 2013-08-27 13:04:49
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