晩い道化
すみきたすみれ

公園の噴水前のベンチに腰掛け
土鳩に餌やる
みすぼらしい趣味人が
裏では道化をしているなんて誰も知らない
細い腕は
杖よりも細い
皮膚は土色で
わずかに青ざめ
眼はまだなお光を宿している
灰皿で煙草が
燻ぶって崩れた
新聞を畳んでペンをとるのが
日課だという
葉書に、原稿用紙に
思いついた端から警句を書いて
気に入ったものは新聞に
投稿し
さらに色紙に
小筆で書いて
みる、詩も書も
すべて我流だが
老境のなせる業だなんて
言って
照れて見せて笑う

黄ばんだ爪から落とされる
苦言はどれも
老境のなせる業とか
深みに達せられた皺と、伝う
発露した冷や水の言葉
しまいに珈琲が不味い苛立ちを
投書してみると
翌朝の新聞には喫茶店でたむろ
する若者批判として、掲載されている
ことに満足げで
また一服するのがやけに
美味しい
窓の外は雨
公園には行けない
細々と続く碁も
近頃では相手がいない
ことに物足りなく
テレビをつけても
観たい番組もなく
野球中継が
遠くなった耳にはやけに騒がしい
閉め忘れた蛇口から
水が
流れ続ける

日めくりを一枚破り
朝には
失いかけた日付感覚を取り戻す
短くなった睡眠時間は
過去の長大さと相まって
昨日と今日の境を幽かにする
ゴミ袋を縛り
エレベーターで降りていく
烏が律儀に
漁りに来るのも
今となっては
厚い眼鏡が昏くなる
網で覆って
エレベーターで昇っていく
鏡に向かって
襟が撚れているのを
直していると
今朝の警句を
思い出せない
そして明日の境が
幽かになると
不如意に先が見えてしまう
日めくりを
また一枚
破ってからのゴミ箱に
捨てると今日も
また雨だと、溜息をつく

行きつけのスナックで
散々蓄えた薀蓄もほどほどに
安くも馴染む焼酎を仰ぎ
カラオケを歌い
演歌や花鳥がわかる
ふりしてみたり
時には隣の若い男に
恋愛指南をしてみたり
女に説教垂れてみたり
動揺する恋慕の気持ちに
居心地の悪さを感じ
日暮れに現れた
草臥れた男に
ノスタルジーと昔日の己を
重ねる、と酒を勧め
恐れないのではなく
感じないことに
今更の自由を覚え
長い日没の街を
表札を探して回る


自由詩 晩い道化 Copyright すみきたすみれ 2013-07-29 21:05:44
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