涸れ井戸スコープ
佐々宝砂

指のあいだからこぼれてゆく、
アルファベット、
ひらがな、
漢字、
カタカナ、
見覚えはあるけれど読めない象形文字、
もしかしたらヒエログリフ、
言葉になる以前のかけらたち、
さりりとこぼれ。

昨日のあけがた、
あなたの影がやってきたような気がした、
薄暗い音が耳をかすめた、
覚えておきたかったのに、
せめて、
せめて、
せめて、
なんだったっけ。

半分以上は消えてしまう。
涸れた井戸の蓋に腰掛けて、
煙草を咥えて、
見上げる空には星がある、
バカバカしいほど星がある、
その大半には名前がある、
その事実が気に入らない。

紫の煙よ、
紫の雲に変わって、
すべて廃墟にしてくれ、
指のあいだからこぼれる精液も、
無様に厚い唇からこぼれる記号も、
すべて、
なかったことにしてしまってくれ。

どうせ、
私はきっと全部忘れてしまうんだから。


自由詩 涸れ井戸スコープ Copyright 佐々宝砂 2005-01-03 02:59:48
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