海まで遠く離れている
佐東


潮の香が
心地よくいざなう午後は
大抵の白い壁に
透明のバス停が浮き上がっていて
そこには潮流の到着時刻が

【珊瑚時】
【シオマネキ分】
【ゾエア秒】

海洋性の点字で記されていて
次の夕立には
溶けてしまうそうで

乗り遅れないよう
指さきで辿ってゆく

夕顔の咲く音をたよりにして





(不可視の潮音
舌の上であそばせて
南へ向かうバスを待つ
鳥)





駅前のバスターミナルで
水分を失って
しわしわになっている夏を
拾ったことがある
冷蔵庫の中で
静かに寝かせておいたんだけれど
次の朝
息も絶え絶えに
満ち潮を見せて下さい
と懇願された
あいにくと
海へゆく便がなかったので
浴槽に少し温めのお湯を張って
食塩を溶かし込んだ

ほら
君の海だよ

声をかけると
安心したように
眠りについた

あれは
いつの夏のことだったか






(夏の音を聴いている
指を折り
波の来歴を数えている)






去年の夏
遠浅の子どもを
さらってきてから
ずっと
ポケットに隠しておりました
歩くたびに
みゅうみゅう、と
音がするのは
背をまるめて泣いている
砂の声です









自由詩 海まで遠く離れている Copyright 佐東 2013-07-11 21:27:07
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