脱走したひとへの恋唄
佐々宝砂

ゴキブリは変わらない
うちの台所でも
熱帯樹林でも
恐竜が跋扈した古生代の森でも
同じような姿で
同じような生態で
どこにでも適応し
タフに何でも食いまくり
殺虫剤にも負けず
三億年変わらない
完成型はゴキブリのように退屈だ
三億年変わらない
あの茶色い姿と同じようにくだらない
進化でも退化でもどっちでもいいから
なんでもいいから動いてくれ
変わってくれ
変化し続けてくれ
私は変わる
毎日変わる
私は
ゴキブリでも
シーラカンスでも
カブトガニでもない
明日はガン細胞になるかもしれないし
明後日はゾンビになるかもしれない
それでも私は私だから
きみにわかるように
しるしをつけておく
どんな姿をしていても
きみが私を見つけられるように
きみもしるしをつけておいてくれ
私がきみを見分けられるように
でもどうか変わり続けてくれ
きみが吸血フィンチに変わっていても
ゾウガメに変身していても
私は驚かない
私たちはゴキブリではないから
いつまでもどこまでも
変わり続けるろくでなしで
あてにできず
正しくもなく
羅針盤を捨ててしまおう
進むとか退くとかいう概念も捨ててしまおう
きみとの再会は
もうほとんど不可能だという気がするけれど
しるしだけは忘れないでくれ
それだけは変えないでくれ
きみというアイデンティティーが
この世から消えても
しるしだけは残しておいてくれ


自由詩 脱走したひとへの恋唄 Copyright 佐々宝砂 2004-12-28 04:29:57
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