笹子ゆら


あなたが壊したものは
簡単なようで とても気難しく
わたしの手には負えない
静かなようで とても激しく
それは海のようだ


海であるということは
その内側にやどるいくつもの命が
見えないところで深呼吸し
見えないせかいを動かすこと
それを表すのは
常に波打つ水面だけ


この海が波立たなくなり
やわらかなあぶくが現れなくなったら
わたしは一体
あなたは一体どうなるのだろう


こうして呼吸をするように
塩辛い水はゆらゆらと揺れ
生き物たちと呼応するように
激しく生きる
海は 生き物のようだ
そこにことばは要らない


どうしてだろう
わたしたちはことばをあつかい
それをいのちとし
うまく利用しながら
この世界を生きようとしている
それなのに
海はそれを知らないままに
ただそのまま
しずかにたゆんでいる
当然のように


わたしたちの浅いことばたちは
空気中に融けて形をなくし
意味もなくしてしまう
なにしろ そこに意味など ないのだ
ある必要がないのだから


だから
人には海が必要だ
それは広大でなくてもいい
美しくなくてもいい
ただ そこに鎮座しているだけで
風にゆられて波立たせるだけで
それだけでいい


それだけで 
わたしも あなたも
確かに救われ
ことばを持たないままに
こころにふれあうことを
静かに許されるのだ



自由詩Copyright 笹子ゆら 2013-04-15 23:48:19
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